書評 誰が世界を支配しているのか? 著 ノーム・チョムスキー 訳 大地 舜・榊原美奈子

 この本は、2018年に刊行された単行本の文庫版で、原著作は2016年。2017年版に向けたあとがきがある。いずれにしても8年以上経過しているが、「2025年の世界になっても基本がまったく変わっていない。ノーム・チョムスキーの慧眼は、2025年の世界を見通していたことがわかる。」という訳者あとがきに、同感だ。

 現在進行中の、ロシアのウクライナ侵攻の原因となった経緯が述べられ、「まやかしの」オスロ合意を起因としてガザでの残虐な行為が頻発していたこと、「EIプロジェクト」などヨルダン川西岸地区の今後問題になることなどを指摘している。また2017年はトランプ米大統領の1期目にあったので、トランプ現象やヨーロッパの右傾化にも触れている。

 さらに、この本には、主に米国が第2次世界大戦後に行った数々の戦争、侵略、世界各地で民主的に成立した政府を転覆するなどの陰謀について丹念に述べられていて、歴史書としても貴重な著作だと思う。

 この中で、公開された米国政府の機密情報を追って、公表された偽善的なスローガンと全く異なる政府要人の本音を暴露している。著者は米国の衰退が「第二次世界大戦の終わりから始まっている。」と述べているが、それにもかかわらず、米国はその現実を認めることができず、「世界を支配」しているという幻想が保たれるように体面を繕い続けてきたことを解説していて、その幻想が、現在さすがに怪しくなってきたため、トランプが米国を再び「偉大な国」にすると叫んでいることにつながることがよくわかる。

著者の透徹した観察は、米国の良心を象徴するようなケネディやオバマの裏面にも触れ、米国の悪徳さは指導者の個性ではなく、米国全体の問題であることを明確にしている。

それでは、「世界を支配している」のは米国だという主張かと思いそうになったが、著者はアダム・スミスの、「新らしい時代の精神:富を得よ。己以外のことは忘れろ」という言が「支配者たちの邪悪な処世訓」で、現代の支配者は「多国籍企業や巨大な金融機関、超巨大小売業者などだ。」としていて、国家、政府ではないという。このため米国では二大政党のどちらも企業や超富裕層の資本家の意向に左右されているため、国民の不満が充満するようになったと分析している。著者はマルクスのように資本主義を明確に批判していないが、マルクスと同様な認識なのだと思う。

最後に、著者は、「一つだけ(非常に残念な)実例」といいながら、米国民の地球温暖化に対する意識が高まらない理由は、「イエス・キリストの再臨を信じる人が多いからだ。米国人の約四〇パーセントが、イエスは二〇五〇年までに地上に戻ってくると信じている。だから今後数十年間に深刻な気候災害の脅威があっても、それは問題とは思わないのだ。」と述べている。この言説は浅学なため初耳だが、ありうる話だと思う。キリスト教福音派の信者がキリストの二〇五〇年再臨について信じていることは確かなようだ。

米国のガザ和平提案に隠されている「グレイ・トラスト計画」  プーチン・ロシアより悪辣なトランプ・アメリカを許すな!(2025年10月2日)

 アメリカが、パレスチナのガザ地区に関する「グレイト・トラスト計画」を構想していることは、あまり報道されていないが、驚くべき計画だ。これは、ワシントンポスト紙がリークしたもので、その主な内容は、イスラエルにガザ地区からパレスチナ人を追い出させ、アメリカがガザ地区を10年間管理下に置き、リゾート開発や工場をアメリカの企業の工場を造るという、いかにも資本主義的な考え方を優先するアメリカの計画だ。その計画名は出さないが、トランプ大統領がガザのリゾート化について、「ガザをリビエラのようにする」と、かねてから語っており、その計画は決して絵空事ではない。

このようなことを紛争の当事者の地域において構想するなどということは、悪辣非道さにおいて、ウクライナを侵略しているロシアのプーチン大統領をはるかに超えるのではないだろうか。決して支持できるわけではないが、ロシアにはウクライナ領内のロシア人の権利を守ろうとするナショナリスティックな理由がある。これに対し、アメリカには他国で金儲けをしようとする欲得ずくの動機しかない。これは世界中で問題視し、制裁などを加えるなどして絶対に食い止めなければならない問題ではないだろうか。

ところが、この問題はほとんど注視されていない。9月23日にトランプ大統領はアラブ諸国首脳との会合で、ガザの戦闘終結や戦後統治に関する計画を提示したと米ニュースサイトが報じた。この際、トランプ大統領が「21項目の計画」を提示したというが、ハマスの人質全員の解放、イスラエル軍の段階的な撤収、戦後のガザ統治からのハマス排除、アラブ諸国の治安部隊への関与や復興に向けた資金援助などの他には具体的に何をどう説明したかは不明だ。アラブ側は計画支持の条件として、イスラエルがヨルダン川西岸やガザを併合しないこと、ガザを占領しないこと、ユダヤ人入植地を建設しないことを要求したところ、トランプ大統領は西岸を併合しないと答えたのみだったようだ。

このトランプ大統領の答えは、西岸のユダヤ人入植とガザの占領と併合は許すということ、つまりガザに関しては上記の「グレイト・トラスト計画」を進める方針を貫くことを言外に物語っている。

926日、BS-TBSは報道1930において、「グレイト・トラスト計画」について報道していた。しかしこの報道について日本国内での反響がほとんどないのはどういう訳だろう。

(余談だが、この番組の主要テーマはパレスチナの国家承認を日本政府がなぜ見送ったかということがテーマだったが、ゲストのパックン(パトリック、ハーラン氏)が、日本政府が見送った原因は、日本国内でこの問題に関する国民の声が上がっていないからだと指摘していたが、その通りだと私も思う。欧米にばかり関心を持ち、中東で何が起きても日本に直接利害がなければ「対岸の火事」、「他人事」にしてしまう日本人の内向き姿勢、自民党総裁選挙にばかりかまけているマスコミの軽薄さが悲しい。)

この後、929日にトランプ大統領がホワイトハウスでイスラエルのネタニヤフ首相に「20項目」の和平計画を説明したという報道がされた(減った1項目はカタールへの攻撃禁止に関するもので、この問題は解決済みになったため除外されたようだ)。この20項目には「グレイト・トラスト計画」があいまいな表現で挿入されていることに注目することが必要だ。

20項目」の中にある、「ガザの再建と活性化を図るトランプ経済開発計画は、中東で繁栄する現代の奇跡的な都市の誕生に貢献した専門家パネルを招集し、策定される。多くの思慮深い投資提案や刺激的な開発アイディアが善意ある国際グループから提案されており、雇用、機会、ガザの将来への希望を創出するこれらの投資を誘致・促進するために安全保障と統治枠組みを統合することが検討される。」という項目がそれだ。

この甘美な夢を語るような表現にごまかされてはならない。アラブ諸国首脳との会談を経て、イスラエルのガザ地区占領や併合についてはあきらめることにした関係で、別の項目で、ガザからのパレスチナ人の追放と、アメリカによる10年間の管理などのあからさまな措置はさすがにやめたようだが、トランプが主導する開発、投資などを唱っていることは明確だ。ガザ地区パレスチナ人の土地所有権などに代わる債権のようなものを与えるようなことが「グレイト・トラスト計画」にあるが、正当な価値が保障されるわけはないだろう。

この提案の、ハマスを徹底的に排除する一方、一般のパレスチナ人には寛容に扱うというスタンスには、太平洋戦争終結の際、アメリカが日本軍幹部や右翼的思想家などのみに罪を負わせ、一般の日本国民は彼らの被害者であるかのように扱って日本人を懐柔して、現在に至るまで日本を追随国家にし、搾取してきた成功体験が影響しているように感じるのは私だけだろうか。

アメリカには停戦のためと言いながら、以上のような欲深い狙いがあることを指摘し告発することが必要だ。そして、その活動にはパレスチナの国家承認で盛り上げた機運以上の盛り上げが必要だ。その抑止力が弱いまま、この悪辣な和平提案をパレスチナが受け入れなければ、アメリカはイスラエルにガザをほしいままにさせ、それを利用して「グレイト・トラスト計画」を進めることになるからだ。

アラブ側の首脳が、上記のような危機感をもたずに先の会合が終わったとすれば、アラブ側の認識は甘く、パレスチナへの関わり方は冷淡で、イスラエルやアメリカの方針を黙認するつもりのように思える。アラブ諸国さえもアメリカに追随しパレスチナを見捨てるつもりだろうか。

930日、カタール、エジプト、トルコの3国がハマスに、アメリカの示したガザの和平計画は「最前の取引」だとして受け入れを迫ったという報道がされている。ホロコーストになる事態を防ぐためにはやむを得ないということならわかるが、アメリカの巧妙な詐欺的言辞を信じてそのような行為をし、ハマスが受け入れざるを得ず、停戦になったとしても、アメリカ主導の開発が進んだ結果、ガザ地域パレスチナ人が被る損失を償う覚悟をするべきだろう。