書名や「日本と世界に何が起きるのか」という副題を見て、どんな本かと思って読んでみたら、ロシアのウクライナ進攻をめぐる評論だった。副題は、日本人向けにまえがきとあとがきが書いてあるためで、売れる本にするため出版社の作戦なのだろう。
ということで、ウクライナ戦争はロシアが西洋側に勝利するという結論になる解説が大半であったが、そのなかにも、参考になることは多かった。また疑問のある言説も多かった。
まず、プロテスタンティズムの(カトリック側から見た)特質についてだが、「プロテスタントの信者は、誰もが聖書にアクセスできなければならない」ので、信者を識字化させたという。そしてその能力は技術と経済の発展を可能にし、「意図せずして、非常に優秀な労働力を形成した」という。また、予定説を信じるようになり、「選ばれし者と地獄に落ちる者がいる」、「つまり、「人間は平等ではない」という人間観を共有している」、その不平等主義は「洗礼によって原罪から清められた人間はみな平等である」というカトリック(あるいは正教会)の根本的な考えに対立した」、「その結果として、人種差別が最も激しく、最も強固な形で現れたのがプロテスタンティズムの国だった」、さらには「これは基本的な人権をすべての人に認めるわけではない、というプロテスタンティズムの本質的な帰結なのである」とまでいう。ここまでプロテスタンティズムへの批判をするトッドの母国で主流のカトリシズムはどうなのだろうかと思いつつ、一応、受け入れた。
これは、「国家」や「国民」という概念の起源論にまで及び、誰もが聖書にアクセスできるようにするためには、聖書が土着の言語に訳されるべきということになったためで、プロテスタンティズムがそれらを生んだという説を述べる。確かにそれは一理あると思える。ただ、その概念はフランス革命が起源ではないとし、「プロテスタンティズムは、聖書を読みすぎたことで、「我こそは神に選ばれし者」という自己意識に至った人を出現させたのだ」とまでいうので、ここでも、「フランスはどうだったのか?」と言いたくなる。
この後もキリスト教の崩壊と思想の退化についての言説が延々と続く。トッド曰く、キリスト教崩壊の段階は、「活動期」段階から「ゾンビ」段階を経て、現在の「ゼロ」段階に至ったとのこと。現在は、東欧とイタリア以外ではキリスト教は消滅しているという。ほんとうにそこまでいっているといえるかどうかは疑問だが、ヨーロッパのキリスト教信者がかなり減っていることは確かだろう。
さて、ヨーロッパでは、その「ゾンビ」段階ではキリスト教的な慣習は残っていたが、「宗教を代替する信仰」として、ナショナリズムや国民国家を生み出されたという。しかし、この段階では、拘束力のある社会道徳や集団のために犠牲となる能力は残っていたが、現在の「ゼロ」段階は国民国家が解体され、グローバル化が生じた状態だという。この段階に至ると、道徳的精神がなくなり、これがもたらした「虚無」感がニヒリズムを生んだという。現在、ウクライナに代理戦争をさせることに疑問をもたないのは、「道徳ゼロ状態」を現しているという。そんなヨーロッパが、間接的にでも、ウクライナ戦争に参戦したことは自殺行為のようなものだという。
そして、今度は、「EUの軍事的な自殺幇助に死を与えるという」新たな役割を担うことになったアメリカの「貧困化」の話題となり、アメリカは新自由主義により、1945年当時、世界の工業生産の45%を占めていた工業生産が、今日では17%まで落ち込んでいて、中国は2020年に28.7%に増加しており、同盟国間の貿易赤字は2930億ドルで、中国に対しては3500億ドルの赤字だそうだ。このようなデータは参考になる。
アメリカのプロテスタンティズムの消滅についても言及している。1990年代に福音派が終わったという説は支持できないが、アメリカにおいては、反科学的なメンタリティと病的なナルシシズムにより、「神は(信者に)要求する存在ではなく、信者をおだて、心理的あるいは物質的なボーナスを与える存在になってしまった」という。
欧米で、出生率の低下がみられることは宗教性の退化を示す最も確実な方法だという説は支持できない。現に、欧米よりも顕著な日本や韓国の出生率の低さは宗教性の低下のせいとは言えないだろう。仮説ではあるが私見を述べれば、老齢年金制度が整った社会で起きている現象であり、この社会では子育ても社会で担わないと、子育ては経済的に割に合わない行為になるからだと考えている。
なぜかここで突然、トランスジェンダーについてのトッドの考え方が述べられる。トッドは、ジェンダーを自分の好みに従って変えることに反対であるという。このことは支持するが、性染色体を変えることができないのに、それができると主張することは「虚偽を肯定することで、典型的なニヒリスト的行為である。」、「虚偽を社会の心理として押し付けたいという欲求」を非難する理由については支持できない。ニヒリストなどという道徳的な非難には違和感があるし、私見を述べるならば、人間の性別は、人間も一種の動物でしかなく、その肉体の束縛のもとでしか生きられないという限界を認めざるを得ないということを人間も受け入れるべきだと考えているからだ。それは身体的な性別が男女に分けられない人がそのまま社会的に受け入れられなければならないということを含め、社会的なジェンダーとは別の問題だと考えている。
終盤になると、トッドは得意の統計的手法で、1965年に、「「高等教育を受けた人口が25%以上」という閾値にアメリカが達し(ヨーロッパは約1世代分後れで)」、「即座にあらゆるレベルでの知的衰退」をしたという分析を述べる。それは、「教育こそが切り札の一つだったプロテスタンティズムの消滅が起因していて、それが福音主義を普及させたという。
本書には、ほかにもこのような統計的手法にもとづく言説があるが、その統計数値が意味することや、どのように社会に影響を与えるのか説明がないのはおかしい。知的衰退についていえば、アメリカ人の知的水準は変わっているとは思えない。少なくとも、第2次大戦後は娯楽しか求めていなかったのではないかと思っている。それは、アメリカの文学作品や映画を見れば明らかだ。その原因は、資本主義が絶頂期だったせいだと考えている。
トッドは、アメリカは、新自由主義や自身が進めたグローバル化により、自己の覇権を失いつつあるとして、それは世界通貨としてのドルを生み出して金銭的な富を得ており、ドルはコストゼロで生産でき、それ以外のすべての経済活動は採算の合わない、魅力的でないものになるからだという。そのようなシステムを担う銀行家やロビイストがアメリカにおける最高の職業になっているという。
そのような欧米の状況の中では、欧米のいう「その他の世界(欧米とその友好国以外の国」にとって、西洋はもはや尊敬に値する勝者ではなくなり、西洋の傲慢さに世界が苛立ちを募らせていることがロシアにとっての切り札となり、ロシアの経済制裁が効果を出すことができないのだという。「その他の世界」は、中国、インド、ブラジルなどの大国を含み、圧倒的な多数者だからだと述べている。
トッドの言説を俯瞰すると、世界の動向を機敏に察していることは確かだが、その原因としての宗教の社会的影響や伝統的な家族形態に囚われすぎているように思える。確かに西洋はキリスト教を離れて分析できない。しかし、科学的な知識の普及や哲学により、徐々にではあるが確実に西洋人はキリスト教から自由になりつつあると思っている(ただ、アメリカの福音派を含む宗教の動向については読めないが)。だから、上記のように、キリスト教の衰退が現在の欧米の劣化の主原因のような言説には説得力を感じられないのだろう。トッドは自己の手法で有名となったことに溺れてしまい、その手法を通した表面的な世界がしか見えていないのではないだろうか。