この著書には、「家族神話を解体する7章」というサブタイトルが付けられていて、「家族神話」は私が取り組もうとしているテーマなので読んでみたくなった。
家族制度について、韓国は日本と似た状況にあり実情を述べながら、ヨーロッパの家族状況にも触れていて、ファミリーの語源のラテン語・ファミリアは、妻子や奴隷を含む、「家長に属する所有物を意味」していて、現代の家族とは異なっていた、とか、ジョン・スチュアート・ミルが、「結婚こそ、イギリスの法律におけるただ一つの現実的奴隷制度」と述べていたという興味深い挿話もあった。
韓国では、日本の植民地時代に制度化された家制度や戸主制度の影響が最近まで残っていたが、世界的な潮流になってきている同性婚などを主張する人々が増えつつあり、伝統的な家族制度が揺らいでいるとのこと。
これと日本より深刻な少子化問題を結びつけて、同性婚を憂慮する層があるが、これについては、同性婚に寛容な国では逆に出生率が高いというデータを示し、反論している。さらに、「もしかしたら、これらの国では、人がどのように生まれたかには関係なく、平等な生活を保障するための社会づくりを進めてきたという意味ではないだろうか。」と述べているが、ここは想像ではなく、子育てを社会化している具体的な制度調査や判断が欲しかった。
この著者は、家族において、「生計の維持について責任を負う人が必要」ということは、「生物的な性としての男性の存在が必要ということではない」として、「家族神話の解体」を試みたり、いまだに「家族の失敗」をした人たちだけが社会保障の対象であることを不当としたりしているが、家族という制度は、人びとがやむを得ずに形成したに過ぎず、神話はそれを維持するために作られたものに過ぎない。だから、現在の家族に対する考え方を批判してもあまり意味がないと思う。むしろ、家族というものはそのようなものだと受け入れ、そのうえであるべき社会、性等を考えるべきだろう。
その意味で、最後に、ヨーロッパから広がりつつある同性婚について、「家族の意味を更新すべき時代に、同性婚を求める主張によって、むしろ既存の家族制度を再び延命させるのではないかという懸念」があると述べていることには同感だ。男女間に生まれた子を、その当事者に養育を義務付けるために現代まで続いてきた婚姻制度やそれに付随した諸制度を絶対化し、同性間にも適用しろという要求は、安易な平等主義ではないだろうか。人間にはパートナーガ必要だとすれば、婚姻制度は廃止し、著者がここで述べている「民事連帯契約」や「同居」制度を採用すればいいのではないだろうか。