奴隷貿易を「人道に対する最も重い罪」とした国連決議

 3月25日の国連総会において、奴隷貿易を「人道に対する最も重い罪」と宣言する、ガーナ提出の決議が123か国の賛成多数で採決された、今後、その賠償や謝罪を求める論議が起こるだろうというが、正直いって「今頃?」という感じがした。それは、「今に至るまで、そういうことが論議されなかったの?」ということであり、決して「そんなことはアナクロだ」ということではない。

 奴隷貿易について、すでに謝罪している当事国はオランダだけだとのこと。その他の欧米当事国は道義的責任については、これまであいまいにしても許されてきた、ということになる。それに甘えているイギリスを筆頭とする当事国は決議に際し棄権し、その状態を続けようとしているのは明らかだ。棄権したのは、日本を含め52か国にのぼるという。

 そして、決議の際、反対したのは例によって、イスラエルと米国の横暴コンビと、トランプにそっくりな大統領のアルゼンチンだそうだ。イスラエルは当事国ではないが、破廉恥さは同等なので抵抗なく同調したのだろう。

  しかし、欧米の罪は奴隷貿易だけではない。大航海時代から地球上を荒らしまくり、アフリカ、南北アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、ハワイ、アジアなどにおける、原住民の虐殺や居留地への閉じ込め、植民地化、不平等な貿易による搾取、人種差別、民族差別など様々な「人道に対する重い罪」を犯してきている。 

ここまで広げると、そのような欧米をまね、東アジアや東南アジアに植民地を築いた日本のような国も当事国となるが、この際、国連を含め世界中で奴隷貿易だけではなく、上記の植民地政策なども「罪」の対象にして論議するべきではないだろうか。それらの加害国がその論議を受けて真摯に反省し、その罪を認め、その被害を受けた国々に謝罪をしなければなければならないのではないだろうか。

そのような過程を踏まないと、被害者意識がいつまでも残り、いまや全人類の問題となっている地球環境の危機を招いていることを、全人類の課題として自覚できないだろう。産業革命が戦争を大規模化・残忍化し、公害をもたらしたことを再認識し、近代という時代はそのような時代であり、それにも関わらず、「近代化」ということが人間に幸福をもたらし明るい未来を築くということを無自覚に信じてきたことについて考え直すことができないだろう。さらに、資本主義がその近代化を加速させ、極大化させていることにも気づかないだろう。

  

クラブのホステスどころか、SNSでは「安物のスナックのママ」の高市首相

 326日のこのブログに私は、高市首相の日米会談における振る舞いが、「まるでクラブのホステスのように」と記したが、同日の集英社オンラインによると、先日の日米首脳会談の高市首相の振る舞いがX(旧Twitter)で、「スナックママ外交」という厳しい批判にさらされているが、経済専門家は、「とはいえ、他にやりようがないというのが現実」と首相を弁護しているとのこと。

集英社オンラインは続けて、

しかし、これらの「スナックママ」といった批判は、匿名個人の感想や一部メディアの表現を集めたものに過ぎない。外交の成果や戦略を専門的に分析したものではなく、見た目の印象に頼った信頼性の低い感情論である。こうした根拠のない批判をそのまま鵜呑みにすることは避けるべきだ。では、高市首相のこの外交は間違っているのだろうか。結論から言えば、彼女を特別に褒めるというよりも、日本の置かれた状況を考えれば「他にやりようがない」というのが現実ではないか。」と、その評論家に同調しながら、

「日本の政治家は、岸田文雄元首相しかり高市首相しかり、相手の顔色を窺って態度をコロコロと変えるのが大変お得意なようである。

強い相手には徹底的にすり寄るし、相手によって見せる顔を全く違うものにするのだ。もし国内政治で総理大臣がこのような八方美人の態度をとり、言うことをコロコロ変えていたら、私は強く批判する。信念を持たずに周囲の顔色ばかりを窺う政治家は信用できないからだ。」

と言いながら、

「しかし外交においては話が全く別である。態度をコロコロ変えていることが相手国に知られない限りにおいてだが、そもそも外国は日本の首相がおべっかを使っていることにさほど関心がない。振り返れば、私たち日本人も外国の首脳が他国で何を発言しているかなど気にしていないだろう。

日本が相手の顔色を窺って態度を変えることは、いい悪いではなく、「これ以上どうしろというのだ」というのが実状ではないか。日本には自国を守る圧倒的な軍事力も、国を動かす資源もない。そのような国が、理想やプライドだけを振りかざして生きていけるほど世界は甘くない。

このような「相手によって態度を変え、保険をかける」日本のやり方を、専門的な言葉で「ヘッジング戦略」と呼ぶ。

日本外交は、大きく分けて「アメリカへの同盟強化」「中国との経済的な関与」「その他の国との実利外交」という三つの要素から成る。外務省が公式に出している『外交青書』を読み解くと、いかに相手に合わせて言葉を使い分けているかがわかる。」、「第一に安全保障を依存しているアメリカに対してだ。自分たちの力だけでは国を守れないため「価値観が完全に一致する親友です」と熱烈にアピールし頼らなければならない。」と、もっともらしい口調で、訳の分からない論理を展開しながら、「『外交青書』(2025年版)には、「第一に、日米同盟の充実・強化です。日米同盟は、日本の外交・安全保障の基軸であり、トランプ政権との間でも、強固な信頼関係を構築し、日米同盟を更なる高みに引き上げていきます」と書かれているとし、

「高市首相がトランプ大統領の前で媚びているように振る舞ったのは、この「基軸」を守るために相手の顔色を最高レベルで窺った結果である。見栄えは悪いかもしれないが、国の安全のためにはひたすらヨイショするしか方法がない。」と、評価する。

 情けなくて、絶句してしまうような言説だ。私はSNSの動向にはあまりなじみがなく、通常、SNS上の毀誉褒貶についても注目していない。しかし、今回は、SNS上の批判や炎上を支持する。理念のかけらもない経済評論家と同調するマスコミなら、直感的な反応のほうがまともだろう。

外交が国内政治と別物である訳がないではないか。「態度をコロコロ変えていることが相手国に知られない限りにおいてだが」というが、知られないと思っているのは認識不足で、米国はとっくにそんなことは見抜いている。そのうえで知らないふりをしていることを見抜けない自らの甘さ、劣等性を知るべきだ。

「そもそも外国は日本の首相がおべっかを使っていることにさほど関心がない。振り返れば、私たち日本人も外国の首脳が他国で何を発言しているかなど気にしていないだろう。」というのは、全くの認識不足だ。「私」(オンライン筆者)は、外国の首脳が他国で何を発言しているかなど気にしていないかもしれないが、それは「私」だけなのではないだろうか。そして外国人も日本の首相のトランプ大統領へのごますりや媚をみて、米国の「永久敗戦国」のような日本の従属性を再確認し、内心では軽蔑していることを想像できない人がSNSの批判をしていることは滑稽でさえある。

そして、「日本には自国を守る圧倒的な軍事力も、国を動かす資源もない。そのような国が、理想やプライドだけを振りかざして生きていけるほど世界は甘くない。」というが、日本政府を含め、そのように他国(米国)に依存する国が、強国に従っていれば、その国が守ってくれると、思っていることは、「甘くない」と言えるだろうか。

何事にも損得を重視する米国が日本を守るとなぜ言えるのだろう。現にトランプ大統領は日米安保条約が片務的で不公平だと不平を何度も言っている。彼らは中国やロシアなどの軍事大国から危険を冒してまで、日本を守ろうなどとするはずがないではないか。米国は日本を守ろうとするはず、などというのは、蝶々夫人の例を挙げるまでもなく、空しい願望にすぎないのではないだろうか。

イラン攻撃以前から、ガザでホロコーストを進めるイスラエルに軍事援助をし、ベネズエラ大統領を誘拐し、これからキューバを攻撃すると脅すトランプ大統領をノーベル平和賞候補に推薦し、先の日米会談、「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけ」、彼の息子が「イケメンでご両親に似ている」というような、できているかどうかは別にして、女を武器に、あからさまな媚を売ることは、まさに「安物のスナックのママ」そのものではないか。「ドナルドだけ」は、米国に主体的に事態を鎮静化させる狙いがあるという言説もみられるが、トランプ大統領はそんな自覚をするどころか、幼稚な「アダルトチルドレン」だから、ますますつけあがるだけだろう。

ところで、実際の「スナックのママ」は、そのようにして実利をしっかり稼いでいる。これに対し、高市首相を代表にした日本は、米国に基地を提供し、駐留経費を援助し、米国企業が生産する武器を大量購入し、貿易黒字が多くなれば輸出を自主規制するなど、米国に多大な貢物を送っているにもかかわらず、何の見返りもないかもしれないではないか。こんなばかばかしい対米関係を続けている日本が、イランに対し、「直接のパイプを生かし、あらゆる外交努力をする」というが、イランは、このような日米関係を知らないはずはなく、そんなアリバイ的言辞は「聞き置く」とされるのがせいぜいだろう。

 集英社オンラインは続けて、

しかし、私はここで一つの思いをどうしても捨てきれない。いくら外交が実利優先のヘッジング戦略で基本いいのだとしても、それに甘んじるのは、ただの「思考停止」である。

協力と競争を両立させるために曖昧な態度を取り、相手によって言うことを変える二枚舌を使っていれば、本来、馬鹿にされても仕方がないのだ。また、戦略が本質的に「曖昧」であるため、相手国や第三国が日本の意図を誤読しやすいという大きな危険もある。

例えば、「日本は中立を保っているのではなく、裏で敵対の準備を進めているのではないか」と疑われるリスクだ。

だからこそ、「スナックママ」のやりすぎは良くない。理不尽で横暴な客に対しては、笑顔の中にも毅然とした態度でピシャリと対応するものである。繁盛する一流店とはそういうものだ。

そして、この曖昧で誤解されやすい二枚舌外交の限界を補うために、日本はこれからの方向性を明確に示す必要がある。例えば、対象を「東アジア」に限定し、この地域の経済的・軍事的な安定に対して積極的に関与していくと堂々と掲げてはどうだろうか。

外交の舞台で相手の顔色を窺い、泥臭く実利を追い求めること自体は、資源も力もない日本が生き残るための厳然たる事実であり、私はその経済合理性を支持する。だが、その根底にあるべき「国家としての誇り」まで売り渡してしまえば、単なる卑屈な迎合に成り下がる。

四方に媚を売りつつも、最後の一線では毅然と振る舞い、東アジアの安定という明確な軸を持つしたたかさこそが、国益を守る道ではないか。」

と、先の情けない評価を修正しながら結論しているが、この部分が本音だとすれば、先のような評価をするべきではなく、この筆者は何を考えているのかわからなくなる。しかし、この部分の論理を分析すれば、この筆者は、表面上の振る舞いをどうすればいいかと考えているだけで、単なる技術論でしか政治を語ることしかできないことが見えてくる。

やはり、このようなマスコミの劣化が、SNS隆盛の原因の一因であることは確かなようだ。

NATO各国のお陰で窮地から救われた、高市首相

 319日の日米首脳会談前に、トランプ米大統領は日本をはじめとする友好国への、ホルムズ海峡への艦船派遣を撤回した。この豹変は、NATO各国がきっぱりとこの要請に応じない姿勢を打ち出したため、ごり押しが困難であることが明確になり、恥をかきたくなかったからだろう。相も変わらぬ、幼稚な態度にはあきれるばかりだ。

しかし、このお陰で、救われたのが高市首相だ。おそらく首相は、「派遣に応じたいという思いはやまやまだが、法的制約などから困難」というようなことを言ったのだろう。これは、イラン攻撃を批判したNATO各国と比較すれば、トランプ大統領にとって慰めとなったことだろう。ホルムズ海峡の安全保持に協力すべきだという「原則論」を述べただけで、「日本はNATOとは違う」というような「おほめ」までいただくことになった。

この会談を大成功などという評価も耳に入ってくるが、まるでクラブのホステスのように、「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけ」などとトランプをおだてる態度は目に余る。イラン攻撃に法的評価はできないというという言明は、逃げ、ごまかしであることは明白だ。NATO各国の米国批判でさえ生ぬるいのに、日本の首相のそのような態度は情けない限りだ。

米国が滅びつつある国であることは確かであり、この国とは距離を取り、滅亡に巻き込まれないようにすることが長期的な外交方針であるべきだろう。このような認識のない高市首相は後に、「幼稚で横暴なトランプ米大統領に追随してばかりいた日本の首相」として、歴史に名を遺すことは間違いないだろう。今回の日米首脳会談で窮地に陥ることは免れたが、こんな首相であることは確かであり、今後どんなにおかしな対米追随外交をするか油断できない。日本を米国滅亡の巻き添え国にしてはならない。

案の定、米国が要請してきたペルシャ湾への艦船派遣

   米トランプ大統領は、日本時間の本日(3月16日)、ホルムズ海峡への艦船派遣を日本などにも要請してきた。彼でなくても、こうすることは目に見えていた。というのは、湾岸戦争後の1991年(平成3年)にペルシャ湾に海上自衛隊の掃海部隊(ペルシャ湾掃海派遣部隊)が派遣されてから、米国が中東地域を危機に陥れる行為をするごとに、繰り返されてきたことだったからだ。

それでも、当時は、国連も絡んでいたが、イラク戦争などからは、米国の独断で起こした紛争の後始末を要請されるようになっている。今回のイラン攻撃は、ホロコーストをされた民族は他民族にホロコーストを加えても許される、と信じ込んでいるイスラエルにそそのかされた米国が起こした横暴極まりないものであり、ドイツを除く、ヨーロッパの友好国さえ異論がある愚挙だ。両国が核兵器を所持し、それで威嚇行為をしているにもかかわらず、イランに核兵器を持たせてはならないとし、親米国家に体制を変えさせようなどという意図を、支持できるわけがないではないか。

このような中で、日本の高市首相は、イラン攻撃に対し、「日本は(攻撃に関する)詳細な事実関係を十分把握する立場にない」と評価しない理由を挙げ、とぼけているが、「私は、米国に対し、異論は告げず、ただ追随することしか考えていません」と、いうスタンスであることは明らかだ。だから、今回のような紛争が収まっていない状況でも、予定されているトランプ大統領との会談で、ペルシャ湾への自衛隊艦船の派遣要請を受け入れてくることは目に見えている。このような要請に対して日本がとるべき対応は、「そんな要請より米国は攻撃をやめ、停戦しろ」という要求をするということではないだろうか。

日本国民の大半は、この自国と関係ない紛争で、石油価格の急激な値上がりを被り、「迷惑千万」だと思っていることだろう。イスラエルと米国にこの損害賠償を要求してもいいところだ。それを、「マッチポンプ」にさえせず(「マッチポンプ」は犯人が自分で後始末をする)、始末を他国にもやらせるという破廉恥極まりない行為ではないか。これを許し、自衛隊員に命をかけさせ、福祉や医療予算を削ってまで国費をあててもいいのだろうか。先の選挙で高市自民党に投票した国民は、そうさせようとしているのだということを、この際、はっきりと認識するべきだ。