読んでみたいと思いながら、芥川賞受賞から約10年後になってしまった。とても奇妙な作品というのが第一印象だ。
最初は、コンビニで働く主人公の日常の仕事場の描写で始まる。そこから、主人公が「コンビニ店員として生まれる前」の描写に移る。ここで描かれている主人公の少女時代のエピソードは奇妙奇天烈で笑いをこらえきれなくなる。しかし、大人がおかしいと受けとった、公園で死んでいた小鳥をなぜ食べないかのという少女の疑問は合理性があるかもしれないが、そのごのエピソードについては、そうも言ってはいられない。これは実際起こりうることだろうかと考えてしまう。起きているとすれば情緒障害のような発達障害の問題になるが、この小説は、そのようには展開しない。この子はそういった行為を正そうとする大人の論理を理解できないが、父母を悲しませないために、「家の外では極力口を利かないことにして、周囲の真似をするか、誰かの指示に従うだけで、自分で判断して行動しなくなる。
そんな少女が大学生になってから、なんとなく始めたコンビニのアルバイトは、いわば一挙手一投足に至るまでマニュアル化されているため、すぐに適合でき、役に立つ店員として、大学を卒業してもそのまま36歳に至るまで続いているというのは、この子(人)ならでは、という感想になりがちだが、考えてみると現在の社会の超現実的な描写にも思えてくる。
周囲の空気を読み、普通を演じながら、奴隷や家畜のようになってしまっている人間の危機状態を告発しているのかもしれないというのは深読みのし過ぎだろうか。