書評 アメリカ・イン・ジャパン 著・吉見俊哉

 

アメリカが先住民族を排除しながらどのように建国してきたか、そのアメリカが「ペリー提督の大遠征」以来、日本人にとってアメリカがどのような存在であったか歴史資料としてとても参考になる書籍であり、日本人の無批判のアメリカの受容についても改めて気づかせてくれる。この著者の『親米と反米』と重なる部分はあるが、この著書では明治維新前後のアメリカの宣教師の活動や留学した日本人について詳しく述べられ、アメリカが日本に戦前から強い影響があったことをわからせてくれる著書だ

アメリカは、戦後の占領期から日本人から反米感情を抱かないように、検閲を含む巧みな心理操作をしてきたという。具体的には、「検閲の事実自体を検閲し、占領軍の姿を見えなくすることで、戦後日本には、あたかも自分たちだけで自足しているような表象空間が作り上げられ」、これは、マッカーサーが、昭和天皇が「従順なのを確認すると、自身は舞台裏に隠れ、「人間宣言」した天皇を舞台の前面に立たせる戦略を選」んで以降、マッカーサー元帥ではなく、昭和天皇が、あたかもいまだ日本の中心にいるかのような存在として部隊の前面に躍り出ていった」ことに表れていると述べている。

日本での原発普及の経過にも触れている。「アメリカの国家安全保障会議の作戦調整員会は、日本に実験用原子炉を建設して原子力の非軍事的利用に強力な攻勢をかけるべきことを勧告し」、その委員の一人は、「広島・長崎の原爆投下を経験した日本に原子力施設を建設することは、両都市での「惨劇の記憶から我々を解き放つ劇的でキリスト教的な身振り」となるだろうと主張し」たとのことで、さらに山崎正勝を引用し、国防長官補佐官が、(第五福竜丸)「事件後の日本での反米的な動きを牽制するため、日本に原子炉を建設する」ことが、「予想される共産主義勢力の行動に対抗し、「日本ですでに生じている被害を最小化する」方法だと国家安全保障会議に助言した」という。

このようなアメリカの狙いに乗せられ、建設された敦賀原発に設置された一号機は、2011年に大事故を起こした福島第一原発の一号機と同じGEで、美浜原発建設の責任企業は、やはりアメリカのウェスティングハウスであるように、このころすでに原発はアメリカの原子力産業の重要な輸出品となっていて、日本は真っ先にそれらを購入するお得意さんになり、原発が推進されたようだ。

1950年代以降も、「アメリカは日本本土の反米感情を和らげるために、米軍基地の多くを沖縄に移転し、本土の非軍事化と沖縄の要塞化を表裏一体に展開」した、とも述べていて、沖縄を犠牲にしてもほとんど気に留めないような日本人の心性までアメリカは見据えているようで、アメリカに対しても、本土の日本人に対しても怒りを覚えるとともに絶望的な気持ちにもなる。

このようにアメリカの心理操作でアメリカを客観視できない日本人の心性は、日本国内各所に自由の女神像が政治的、理念的な意味なしにファンタジーとして建設されていることに表れていて、さらに1983年にディズニーランドが建設されてから、ここに「19世紀以来という意味での「アメリカ」の完璧な再演」がなされているいい、著者はここで、ディズニーランドには「ペリー提督の大遠征」というもうひとつのアトラクションが加えられるべきで、「そこではまだ「文明化以前」の滑稽な様子が、現代のアメリカ人のまなざしに同化した日本人の前で演じられていくことになるでしょう。」という強烈な皮肉を述べている。著者も怒りを込めながらこの著書を表していることを痛切に感じる。