私は男性だが、母の卑屈な生き方を見ながら育ち、その原因が女性の社会的立場が弱いことであることを認識するようになり、その後も女性差別の問題を考えてきたため、この本のテーマはとても興味深かった。人間関係を男女という性別に左右されずに、また伝統的なモラルから自由にしたい彼女のリベラリズムには基本的に賛成する。
著者のエリザベス・ブレイクの現在の結婚制度に対する批判は、私の考えてきたこととほとんど一致していた。
彼女はアメリカ人で、主にアメリカの状況について述べているが、意外にも女性の社会的立場の弱さ等については日本と大差ない状況だと思った(それだから一致したのだが・・・また西欧はもう少し違っていると思うが)。
ただ、彼女は社会学者ではなく哲学者であるため、「結婚の際の愛の誓い」の問題等について滔々と分析し述べているのだが、これには閉口した。これにはアメリカもクリスチャンの伝統が強い国であるためで、日本人で無宗教の私にはこんなことは当たり前であり、このようにこの問題にこだわることに違和感が強かった。
私は現在の結婚制度は、性行為により子を産んだ男女にその養育責任を負わせる社会的機能を法律制度にした歴史から考えて、最近日本でも同性婚を認めることが先進的なような風潮になってきていることに疑問を持っていたが、このことへの批判がこの本にも述べられていて自信を持った。
「最小の結婚」は子供の養育責任を切り離すことが重要なポイントとしている。これについても私は同意見だが、彼女は社会に責任を持たせるべきといいながら、一夫一妻以外の関係者による養育などをその例にしている。そのような関係の養育者がいない場合もあるのだから、子供の全生活についてケアをする現在の児童養護施設を一般化の児童を対象にするようなことが必要だろう。このような具体的な言及がないことに哲学者の限界を感じた。
最後に「最小の結婚」の意味については疑問符がある。
著者はケアを提供する関係を、埋葬の権利等の承認権と在留資格などの支援する権利等があるだけの結婚という制度にすることを提唱しているが、はたしてこれに意味があるのかは保留としたい。この意義を述べている論理はあまり説得力がない。彼女も結婚制度廃止論者ともっと論議する必要があると思う。
そして、この結婚は一夫多妻、一妻多夫、同性愛関係、ポリアモリー等すべての成人間の関係を含むということなので、網のような形の関係図が社会にもたらされ、その中に孤立した人間がポツポツと存在するというイメージになるのだろうか。そして、個々の人に直接関係を結んでいる人の同心円とその中の人同士の関係が一つの家族になるのだろうか。