書評 ユダヤとイスラエルのあいだ 早尾貴紀著

 

この本を「再読」した。本箱の中で眠っていた本で、2008年の初版なのでその頃読んだ

らしい。アーレントの「世界喪失こそ、ユダヤ民族が離散において被ったものです。(中

略)あらゆる社会的な結びつきの外に立っているというこのこと、一切の先入観から離れて

いるというこのことはとても美しいものだったのです。」という言説等を書き抜いていた

が、かすかな記憶しかないので読み直し、この著作が現在でも時代遅れになっていないので

驚いた。何より評価できることは、アーレントの言説を極めて客観的に分析し批判的に捉え

ていることだ。アーレントはアイヒマン論争の際、「ユダヤ人への愛」など感じたことはな

い、私がユダヤ人であるからこそ「ユダヤ人への愛」は疑わしいものに見える等と宣言した

ことは有名で、出自に客観的だと一般には評価されているが、私はマルクスやフロイトに比

べればユダヤ人であることから自由だとは言えないと思っていた。この著者は、アーレント

が同化主義者もシオニストも反ユダヤ主義と闘うことをやらずにすませたと批判している

が、反ユダヤ主義を批判するなら、ヨーロッパなどでその活動はなされるべきだとして、パ

レスチナへの移民運動を支援した彼女はシオニストであると言わざるをえないと述べてい

る。

それから、最初に述べたアーレントの「世界喪失」や「離散」等の言説に似た、ボヤーリン

兄弟がユダヤ教文化の神髄は「ディアスポラ」にあり、国家なき離散状態で育んできた思想

文化にあるという言説、バーリンが、ユダヤ人が察知されないうちに、ものごとの傾向性を

見抜く等の能力、洞察力、未来までも分析する眼力を、自らが置かれてきた状況のために獲

得せざるをえなかったという歴史的特性を持っているという言説などが紹介されている。

れらの本来のユダヤ性はシオニズムとは異なるという言説だ。しかし、これらは、人間性は

属する国家がない状態で目覚めるという普遍性ではなく、ユダヤ人ならではの能力、という

かたちで語られており、ユダヤ人はやはり他の民族や人種とは異なる民族だという思想、選

民という意識から生じたものであろう。この「ディアスポラ」については、サイードが、ユ

ダヤ人の特徴としてのみ見る必要はない。」と語ったことや、「ディアスポラ」自体、近代

シオニズム思想においてギリシャ語から翻訳されたという説が紹介されているが、著者自身

がこのことをどう捉えているのかを述べて欲しかった。

このほか、フロイトがモーセはエジプト人だったという仮説でユダヤ性を分析しようとした

こと、ガンジーがパレスチナは地理的な領域ではなく、ユダヤ人の心の中にあると語ったこ

とや、サイードがユダヤ性は差異のイデオロギーだと批判したことの紹介、さらにハマスの

姿勢の説明などもあり、2008年当時の著書だが、最近のパレスチナ問題を考えるうえで

充分参考になる。