クラブのホステスどころか、SNSでは「安物のスナックのママ」の高市首相

 326日のこのブログに私は、高市首相の日米会談における振る舞いが、「まるでクラブのホステスのように」と記したが、同日の集英社オンラインによると、先日の日米首脳会談の高市首相の振る舞いがX(旧Twitter)で、「スナックママ外交」という厳しい批判にさらされているが、経済専門家は、「とはいえ、他にやりようがないというのが現実」と首相を弁護しているとのこと。

集英社オンラインは続けて、

しかし、これらの「スナックママ」といった批判は、匿名個人の感想や一部メディアの表現を集めたものに過ぎない。外交の成果や戦略を専門的に分析したものではなく、見た目の印象に頼った信頼性の低い感情論である。こうした根拠のない批判をそのまま鵜呑みにすることは避けるべきだ。では、高市首相のこの外交は間違っているのだろうか。結論から言えば、彼女を特別に褒めるというよりも、日本の置かれた状況を考えれば「他にやりようがない」というのが現実ではないか。」と、その評論家に同調しながら、

「日本の政治家は、岸田文雄元首相しかり高市首相しかり、相手の顔色を窺って態度をコロコロと変えるのが大変お得意なようである。

強い相手には徹底的にすり寄るし、相手によって見せる顔を全く違うものにするのだ。もし国内政治で総理大臣がこのような八方美人の態度をとり、言うことをコロコロ変えていたら、私は強く批判する。信念を持たずに周囲の顔色ばかりを窺う政治家は信用できないからだ。」

と言いながら、

「しかし外交においては話が全く別である。態度をコロコロ変えていることが相手国に知られない限りにおいてだが、そもそも外国は日本の首相がおべっかを使っていることにさほど関心がない。振り返れば、私たち日本人も外国の首脳が他国で何を発言しているかなど気にしていないだろう。

日本が相手の顔色を窺って態度を変えることは、いい悪いではなく、「これ以上どうしろというのだ」というのが実状ではないか。日本には自国を守る圧倒的な軍事力も、国を動かす資源もない。そのような国が、理想やプライドだけを振りかざして生きていけるほど世界は甘くない。

このような「相手によって態度を変え、保険をかける」日本のやり方を、専門的な言葉で「ヘッジング戦略」と呼ぶ。

日本外交は、大きく分けて「アメリカへの同盟強化」「中国との経済的な関与」「その他の国との実利外交」という三つの要素から成る。外務省が公式に出している『外交青書』を読み解くと、いかに相手に合わせて言葉を使い分けているかがわかる。」、「第一に安全保障を依存しているアメリカに対してだ。自分たちの力だけでは国を守れないため「価値観が完全に一致する親友です」と熱烈にアピールし頼らなければならない。」と、もっともらしい口調で、訳の分からない論理を展開しながら、「『外交青書』(2025年版)には、「第一に、日米同盟の充実・強化です。日米同盟は、日本の外交・安全保障の基軸であり、トランプ政権との間でも、強固な信頼関係を構築し、日米同盟を更なる高みに引き上げていきます」と書かれているとし、

「高市首相がトランプ大統領の前で媚びているように振る舞ったのは、この「基軸」を守るために相手の顔色を最高レベルで窺った結果である。見栄えは悪いかもしれないが、国の安全のためにはひたすらヨイショするしか方法がない。」と、評価する。

 情けなくて、絶句してしまうような言説だ。私はSNSの動向にはあまりなじみがなく、通常、SNS上の毀誉褒貶についても注目していない。しかし、今回は、SNS上の批判や炎上を支持する。理念のかけらもない経済評論家と同調するマスコミなら、直感的な反応のほうがまともだろう。

外交が国内政治と別物である訳がないではないか。「態度をコロコロ変えていることが相手国に知られない限りにおいてだが」というが、知られないと思っているのは認識不足で、米国はとっくにそんなことは見抜いている。そのうえで知らないふりをしていることを見抜けない自らの甘さ、劣等性を知るべきだ。

「そもそも外国は日本の首相がおべっかを使っていることにさほど関心がない。振り返れば、私たち日本人も外国の首脳が他国で何を発言しているかなど気にしていないだろう。」というのは、全くの認識不足だ。「私」(オンライン筆者)は、外国の首脳が他国で何を発言しているかなど気にしていないかもしれないが、それは「私」だけなのではないだろうか。そして外国人も日本の首相のトランプ大統領へのごますりや媚をみて、米国の「永久敗戦国」のような日本の従属性を再確認し、内心では軽蔑していることを想像できない人がSNSの批判をしていることは滑稽でさえある。

そして、「日本には自国を守る圧倒的な軍事力も、国を動かす資源もない。そのような国が、理想やプライドだけを振りかざして生きていけるほど世界は甘くない。」というが、日本政府を含め、そのように他国(米国)に依存する国が、強国に従っていれば、その国が守ってくれると、思っていることは、「甘くない」と言えるだろうか。

何事も損得を重視する米国が日本を守るとなぜ言えるのだろう。現にトランプ大統領は日米安保条約が片務的で不公平だと不平を何度も言っている。彼らは中国やロシアなどの軍事大国から危険を冒してまで、日本を守ろうなどとするはずがないではないか。米国は日本を守ろうとするはず、などというのは、蝶々夫人の例を挙げるまでもなく、空しい願望にすぎないのではないだろうか。

イラン攻撃以前から、ガザでホロコーストを進めるイスラエルに軍事援助をし、ベネズエラ大統領を誘拐し、これからキューバを攻撃すると脅すトランプ大統領をノーベル平和賞候補に推薦し、先の日米会談、「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけ」、彼の息子が「イケメンでご両親に似ている」というような、できているかどうかは別にして、女を武器に、あからさまな媚を売ることは、まさに「安物のスナックのママ」そのものではないか。「ドナルドだけ」は、米国に主体的に事態を鎮静化させる狙いがあるという言説もみられるが、トランプ大統領はそんな自覚をするどころか、幼稚な「アダルトチルドレン」だから、ますますつけあがるだけだろう。

ところで、実際の「スナックのママ」は、そのようにして実利をしっかり稼いでいる。これに対し、高市首相を代表にした日本は、米国に基地を提供し、駐留経費を援助し、米国企業が生産する武器を大量購入し、貿易黒字が多くなれば輸出を自主規制するなど、米国に多大な貢物を送っているにもかかわらず、何の見返りもないかもしれないではないか。こんなばかばかしい対米関係を続けている日本が、イランに対し、「直接のパイプを生かし、あらゆる外交努力をする」というが、イランは、このような日米関係を知らないはずはなく、そんなアリバイ的言辞は「聞き置く」とされるのがせいぜいだろう。

 集英社オンラインは続けて、

しかし、私はここで一つの思いをどうしても捨てきれない。いくら外交が実利優先のヘッジング戦略で基本いいのだとしても、それに甘んじるのは、ただの「思考停止」である。

協力と競争を両立させるために曖昧な態度を取り、相手によって言うことを変える二枚舌を使っていれば、本来、馬鹿にされても仕方がないのだ。また、戦略が本質的に「曖昧」であるため、相手国や第三国が日本の意図を誤読しやすいという大きな危険もある。

例えば、「日本は中立を保っているのではなく、裏で敵対の準備を進めているのではないか」と疑われるリスクだ。

だからこそ、「スナックママ」のやりすぎは良くない。理不尽で横暴な客に対しては、笑顔の中にも毅然とした態度でピシャリと対応するものである。繁盛する一流店とはそういうものだ。

そして、この曖昧で誤解されやすい二枚舌外交の限界を補うために、日本はこれからの方向性を明確に示す必要がある。例えば、対象を「東アジア」に限定し、この地域の経済的・軍事的な安定に対して積極的に関与していくと堂々と掲げてはどうだろうか。

外交の舞台で相手の顔色を窺い、泥臭く実利を追い求めること自体は、資源も力もない日本が生き残るための厳然たる事実であり、私はその経済合理性を支持する。だが、その根底にあるべき「国家としての誇り」まで売り渡してしまえば、単なる卑屈な迎合に成り下がる。

四方に媚を売りつつも、最後の一線では毅然と振る舞い、東アジアの安定という明確な軸を持つしたたかさこそが、国益を守る道ではないか。」

と、先の情けない評価を修正しながら結論しているが、この部分が本音だとすれば、先のような評価をするべきではなく、この筆者は何を考えているのかわからなくなる。しかし、この部分の論理を分析すれば、この筆者は、表面上の振る舞いをどうすればいいかと考えているだけで、単なる技術論でしか政治を語ることしかできないことが見えてくる。

やはり、このようなマスコミの劣化が、SNS隆盛の原因の一因であることは確かなようだ。