書評 プラグマティズム 著/W・ジェイムズ 訳/桝田啓三郎

 

プラグマティズムをアメリカに広めた哲学者の本だ。若い時から読んでみようと思いながら実際に読む気にならなかったのだが、ある学者が読むべき「古典」としていたので、今更ながら読んだ次第だ。

「プラグマティズム」とは、ウィキペディアによれば、「実用主義、道具主義、実際主義とも訳される・・・元々は、「経験不可能な事柄の真理を考えることはできない」という・・・イギリス経験論を引き継ぎ、概念や認識をそれがもたらす客観的な結果によって科学的に記述しようとする志向を持つ点で従来のヨーロッパの観念論的哲学と一線を画するアメリカ合衆国の哲学」とされている。ジェイムズはチャールズ・サンダース・バースからこの哲学を学んだとしているが、現在普及している「プラグマティズム」はこの本により普及した考え方のようだ。

ヨーロッパ近代哲学批判は19世紀後半から始まっているが、その流れの一つとして生まれたということになるだろう。しかし、「実体的なあるいは形而上学的な意味における「自我」とか「物質」などーそれらの思惟形式の支配を何人も脱するわけにはいかない。実際生活においては、常識的な思惟手段がつねに価値を利するのである。・・・・この自然な思惟の母国語に比べると、その後のより批判的な哲学などは単なる気まぐれな考えに過ぎない。」という言説などを読んでみると、新たな哲学などとは到底言えない、「哲学からの逃避」のように思える。

「世界はじつに鍛えられるものとして存在し、われわれ人間の手によって最後のタッチが加えられるのを待っているのである。天空の王国と同じように、世界は人間の暴力を悦んで受け容れる。人間が審理を産みつけるのである。」という主張には、トランプ米大統領が石油などを掘りまくると叫んでいることと同じ根っこを感じさせる。

読む気をなくさせるような言説の連続だったこの本を読み終えて思ったことは、現在のアメリカ人がとりつかれている思潮が突然現れたのではなく、伝統的なものであることがよく分かり、そのこと自体は収穫だったということだ。

私も近代西洋哲学には疑問を持っているが、プラグマティズムはそれを解く考え方には全くならず、心情的にはどちらかと言えば、前者のほうにシンパシーを感じる。

書評 フロイトのモーセ ヨセフ・ハイーム・イェルシャルミ/著 小森謙一郎/訳

  サイードが『フロイトと非-ヨーロッパ人』において、この本の著者が、フロイトといえどもユダヤ人の性格上の特徴を継承することは避けられないとしていることを引用していたので、その内容を詳しく知りたいと思っていた。

この著者は1932年生まれのユダヤ系アメリカ人のユダヤ史家だ。序章の「聴衆のための序奏」で、このテーマを研究するきっかけは、「反セム主義の精神分析的研究調査班」に参加することになったことだったと述べている。このメンバーはおそらくほとんどがユダヤ人の精神分析家なのだろうが、この研究を充実させるためにユダヤ人歴史家が必要ということになり、彼が選ばれたようだ。

読んでみると、予測していた通りのフロイト批判だった。 フロイトの『モーセと一神教』は、イェルシャルミの言う通り、歴史書でも小説でもないアナロジー的な著作だといえるだろう。しかし、この著書の意図は、反ユダヤ主義の原因となったヨーロッパでの伝統的なユダヤ人ぎらいの原因となっているユダヤ人の選民意識を解消しなければ危機的状況は避けられないという認識で、この意識の根拠となっている、旧約聖書の神話を崩そうとしたことにあり、サイードも上記の著書において、その意味でフロイトを評価している。そのこと自体を支持しないまでも、理解しなければ、単なるケチつけのような評論にならざるを得ない。

確かにフロイトの論理には飛躍や強引さがあることは認めざるを得ない。しかし、この弱点を指摘し歴史書としての批判をしても意味がないのだ。それにもかかわらず、イェルシャルミは執拗にフロイトの認識の矛盾を突いている。この著者はフロイトが、なぜ自己を含むユダヤ人のユダヤ性と苦闘していたのかということに少しも理解を示さず、フロイトの『モーセと一神教』と共に彼の精神分析論をシニカルに批判している。この姿勢には、フロイトの時代とは異なり、反ユダヤ主義と罵倒すれば世界中の言論をリードできるとして、いまや強者となったユダヤ人の驕りを感じる。このような姿勢にユダヤ人以外の人間の共感は生まれない。このような姿勢こそ、現在のイスラエルの残忍なガザ侵攻をもたらしているのではないだろうか。この著者はこの状況を知らずに没しているが、このような姿勢をユダヤ人が改めなければ、「新たな反ユダヤ主義」が生じることは避けられないだろう。

イェルシャルミのこの著書で参考になったのは、フロイトが生家において身に着けさせられたユダヤ的な慣習を明らかにしたことだ。割礼を含むユダヤ人の様々な慣習は少なくともフロイトが育った19世紀後期にも続いていて、おそらく現在も残っているのだと思われ、ユダヤ性の根強さはこの家族的慣習にあることを再認識した。

書評 動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 著・東 浩紀

 この本は2001年11月に発行されているので、もう時代遅れかもしれない。しかし、少なくとも20世紀末までの社会の分析ではあった。

 筆者は、「オタク」文化のアニメやゲームを紹介しながら、その分析をしていくが、私はそのアニメ等はなじみがないので正直言って、その辺はよくわからない。

しかし、この本はそれでは終わっていない。筆者の分析は、日本はもちろん世界の文化のポストモダン化にまで及んでいる。彼は、‘60年代からのポストモダニズムの起源を述べてから、「日本では八〇年代半ば、若い世代の流行思想として(大学ではなく)むしろ大学の外でもてはやされ、そして時代と共に忘れ去られた。」、「むしろ重要なのは、日本で、その難解な思想がジャーナリスティックに流行してしまったという事実である。」と述べる。さらに、「おそらくその流行は、当時すでに一部の批評家が指摘していたように、八〇年代の日本社会を満たしていたナルシシズムと関係している。」という。

当時のポストモダニストは、「ポストモダン化とは、近代の後に来るものを意味する。しかし日本はそもそも十分に近代化されていない。それはいままで欠点だとされていたが、世界史の段階が近代からポストモダンへ移行しつつある現在、むしろ利点に変わりつつある。十分に近代化されていないこの国は、逆に最も容易にポストモダン化されうるからだ。(中略)そのようにして二十一世紀の日本は、高い科学技術と爛熟した消費社会を享受する最先端の国家へと変貌を遂げるだろう。」というような主張を好んだという。

これについて著者は、「この単純な図式は、歴史的には、戦前の京都学派が唱えた「近代の超克」の反復だと言える。だが同時に、その発想はやはり当時の経済環境を色濃く反映している。八〇年代半ばの日本は・・・アメリカと対照的に、いつのまにか世界経済の頂点に立ち、バブルに至る短い繁栄期の入り口にさしかかっていた。」と分析し、批判する。おおむね妥当な言説だとは思うが、その頃の「ナルシシズム」な風潮に乗った軽薄極まりない論理は「近代の超克」とは較べられないのではないだろうか。

著者は、「近代は大きな物語で支配された時代」で、ポストモダンは、その「大きな物語」が機能不全となり、社会全体のまとまりが弱体化した時代であり、日本では七〇年代にそれが加速し、「オタク」が出現したのは、その空白を埋め合わせるためだという。

この後、著者はコジェーヴの、「ヘーゲル的な歴史が終わった後には」、アメリカ的な生活様式の追求=

「動物への回帰」か、日本的な「スノビズム」(=ジジェクの「シニニズム」)しか残されていないという言説を紹介する。前者は、戦後のアメリカは動物が食物さえあればいいように、「ニーズ」が満たされることしかない消費社会に過ぎないという意味だろう。資本主義に踊らされている度合いが強いほどこうなることは必然なのだろう。

一方「スノビズム」についてコジェーヴは例として「切腹」を挙げ、ジジェクは「シニニズム」の例として「スターリニズム」を挙げているそうだ。ジジェクは、『イデオロギーの崇高な対象』のなかで、「私たちはみな、舞台裏では荒々しい党派闘争が続いていることを知っている。にもかかわらず、党の統一という見かけは、どんな代償を払ってでも保たれなければならない。本当はだれも支配的なイデオロギーなど信じていない。・・・」とそれを分析しているとのことだ。言ってみれば、「たてまえ」しか認められていない状態のようだ。

著者は、ポストモダンは七〇年代以降の文化世界を指しているが、ポストモダン化の始まりは、第一次世界大戦が終わった二〇年代、三〇年代であり、冷戦が崩壊し、「共産主義という最後の大きな物語の亡霊さえなくなった八九年」にかけてゆるやかに行われたと捉えている。だから、二〇世紀とは「中途半端にポストモダンだった時代だった」という。その時代の人びとは、「大きな物語」と「小さな物語」を繋げるためにスノビズムが必要だったが、その後のポストモダンの人びとは、それらを繋げることなく、バラバラに共存させていて、「わかりやすく言えば、ある作品(小さな物語)に深く感情的に動かされたとしても、それを世界観(大きな物語)に結びつけないで生きていく、そういう術を学ぶのである。筆者は以下、そのような切断のかたちを精神医学の言葉を借りて「乖離的」と呼びたいと思う。」と述べているが、これは現在の世界の風潮を極めて鋭く的確に表していると感心した。

近代哲学や思想の根幹である、「動物の欲求は他者なしに満たされるが、人間の欲望は本質的に他者を必要としている」という区別、「間主体的な構造」が消え、「動物的」だとコジェーヴが言ったアメリカ社会の論理は、いまや全世界を覆いつくしていると、著者は述べたが、最後の章は、「この章では、原理的な考察はもうやめて、ポストモダンとは表層的にはどのような世界で、そこで流通する作品はどのような美学で作られるのか」の思いつきの記述に入ってしまった。これはいただけない。上記のような危機的な状況になった原因を解析し、どのように脱するかまではいかなくても、対処の心構えぐらいは記してほしかったと思う。

書評 福岡伸一、西田哲学を読む 著・池田善昭、福岡伸一

  この本はこのようなタイトルだが、哲学者の池田と生物学者の福岡の対談が主に掲載されている。生物学者でありながら福岡はNHKの「日本人は何を考えてきたのか」という番組企画に参加し、近代日本思想史をたどる中で、「近代の超克」座談会を主にリードした京都学派の祖・西田幾多郎を「知る必要」があったという。

 一方、主に理系、文系など「二つに大きく分断されてしまっている人類の知恵をもういちど統合しようとする試み」である「統合学」をめざす集まりにも参加していた福岡は、この集まりの中で西田の研究者の池田と出会い、池田が、福岡の「動的平衡の生命論」は「西田がめざしていた生命に対する考え方と極めて密接な相同性をもつ」と指摘していたことから、この対談に至ったそうだ。

 対談は、西洋においては自然の中にある「ピュシス」が忘れられ、「ロゴス」の理念的世界の中に入ってしまい、ハイデガーにおいて、これは「存在の忘却」だと批判したが、西田はその前から「ピュシスに帰ろうとしていた」という、池田の解説から始まる。

 そして、池田は、西田の「自覚」、「純粋経験」などについて解説する中で、福岡の細胞膜についての内側でも外側でもない「あいだ」という概念が、西田の「絶対矛盾」と同じだという。ここから、池田は「包む・包まれる」、あるいは「包まれつつ包む」という独自の説明理論の説明に入り、樹木の年輪を例にして、環境との関係を、「普通の考えでは、環境が樹木を限定するはずなのに、樹木のほうが逆に環境を空間の中に限定してもいるわけです。そのことが「包まれつつ包む」、すなわち西田の「逆限定」と言われます。」と述べる。

 このことが納得できない福岡が質問を重ね、池田は、福岡が西田の理論を理解しているのにもかかわらず、この説明に納得しないことに戸惑いながら答えるというやりとりが繰り返され、ついに対談中にはそれが終わらず、その後メール交換をするという、対談記録としては珍しい展開となっていった。感心したのは、福岡が、自分が納得できなければ読者の多くも納得できないだろうと、半端な納得をしないように努めながら質問を繰り返していたことと共に、池田が福岡の姿勢を真摯に受けとめ、粘り強く、言葉を選びながら福岡に理解しやすく説明していたことだった。真理を求め、伝えるということはこういうことなのだと感動する思いだった。

 この結論は、福岡が、「包む・包まれる」という表現について、それぞれの主語は同じであることを理解せずに解釈していた間違いに気づいたということで解決した形になっていて、福岡は「生命は、合成を行うと同時に分解を行う。生命は、エントロピー増大のなかにありつつ、エントロピー減少につとめる。」という理論と同じで、「矛盾していることが同時に存立している状態、それが「逆限定」だということ」と、わかったということだった。

 この辺は西田哲学にも、福岡の生命理論にもなじんでいない私にとって理解困難だが、福岡が西田の理論のなかに自己の理論を見出すことができたのだろうと受け止めておいた。

 この後、対談は西田の『論理と生命』、『生命』という論文に取りかかり、池田は、ソクラテス、プラトン、カントたちは、「私たちの理性や論理で近づける範囲のみで姿かたちを理解したり構成したりという、いわゆる「主観性の原理」に基づいてい」るので、「真の実在に触れることはでき」ないと西洋哲学を批判し、その後も「ミンコフスキー(ならびにアインシュタインなど)は時間を「存在論的」に思考した」が、「西田や福岡さんは」、「実在論」的に思考した」と述べる。ここから、池田は生命をめぐって、「存在と実在との差異」、「一の多」、「他の一」、過去、現在、未来のとらえ方にふれ、福岡の「先回り」という概念が、西田の「未だ来たらざるものであるが現在において既に現れているもの」と理解でき、さらに「同時進行」と同じで、「福岡さんの「先回り」(動的均衡)と、(西田の)「絶対矛盾的自己同一」とが完全に重なる」と述べる。

 そして池田は、福岡が動的均衡の一回性について触れたことを取り上げ、「時空における「動的均衡」の「一回性」が永遠性を含む以上、日常生活において、よく「かけがえのない命」のように言われるわけですが、僕はこの状態の「かけがえのなさ」を、「大切な、無駄にできない尊さ」という倫理的な意味で表現したいと思っています。」、「一生を虚しく終わらせたくないのであれば、「現在」を過去・未来の同時性として生き抜く以外の生き方はあり得ないのです。その意味で二度と同じ状態をとらない「一回性」とは、「かけがえのないこと」と言えるのではないでしょうか。」と述べている。彼にとって哲学は単なる学問ではなく倫理であり、生き方そのものだったのだ。私もこの言葉を肝に銘じよう。そう、人間にとっては、過去に何をしたか、未来に何をするつもりかではなく、現在をどう生きるかということが全てだと。

 全般に難解な問題について考える対話の中で、生命をロゴス的にとらえる「機械論」の批判として、福岡が自ら患っている花粉症を例に揚げた話はとても分かりやすい。福岡は、治療薬として使われる抗ヒスタミン剤が「これまでと違う新しい平衡状態を作り出そうとする」ので、生命はさらなるヒスタミンを放出するというリベンジをするため、より激しい症状になるという。だから「動的均衡論」では「花粉症とは、騙し騙し付き合っていくしかない」と説くが、これでは製薬会社は儲からないので、「動的均衡論」は資本主義になじまないという。さらに「悲しいことに、資本主義社会では、どうしても生命というものを<モノ>の延長として考えざるを得ないという側面があることも否めません。」とも述べている。今度は、哲学が経済システムにまで影響していることが明らかになった。

 対談は、福岡の、「同時性」は、物事を因果関係で考えるこれまでの科学では扱えない、生物の行動の部分的達成は「自然選択」とはなりえないなどの、近代の常識となっている考え方の批判で終わり、後半は、福岡が西田哲学を取り入れた、「ピュシスの側から見た動的均衡」という理論編と、池田の「生命を「内から見ること」において統合される化学と哲学」というエピローグとなる。後者のなかで、池田の、デカルトが、「「われ思う故にわれ有り」のその「われ思う」とは、己の生命を外から「包む」ことはあっても、デカルト自身、よもやその生命に「包まれている」などとは思いもしなかったであろう。」、そして、西洋近代科学が、「客観性を「真理基準」としながら、結局のところ、どこまでも物を外から対象として見る限りにおいて認識主観における「主観性の原理」に過ぎなかったと言わざるを得ない。」という言は、これまでに述べてきた西洋哲学批判の分かりやすいまとめとなっていた。

 最後に池田は、今日のライフサイエンスは生命哲学と一つに統合されるであろうと述べ、「その先に、生命的な時間をもちえない今日の<AI>(外からのみ知る人工知能)を含めた、人類の未来の有り様がやがて徐(おもむろ)に示されてくるに違いない。われわれのこのたびの対談がその先駆けとならんことを、こころから祈らざるを得ないのである。」と熱を込めて結んでいる。なお、池田はこの著書発行の数年後に逝去している。このような倫理を哲学的に、哲学を倫理的に説く人がいたことを記憶に深く刻みこみたい。

書評 親米と反米 吉見俊哉・著

 

この本は2007年に発行され、その頃読んでいるが、この著者の『アメリカ・イン・ジャパン』を読んでから再読した。

 その著書と重なる部分はかなりあるが、この本は、2001年の「9.11」以降に高まった反米思潮の描写から始まっている。このため世界中ではアメリカの好感度が大きく下がったのに較べ、日本においてはあまり下がらなかったという。この特異な日本の親米意識は、戦勝国にも関わらず、日本の復興を暖かく支援してくれたからだけではないと、アメリカとの交流が始まった開国以来の歴史を述べながら探っている。

 強引な開国要求にも関わらず、「自由の国」アメリカというイメージはこのころから植えつけられ、内村鑑三のアメリカへの幻滅にもかかわらず、明治期をとおして、福澤諭吉などから広められていたという。

そして、大正期までには、浅草オペラなど、「より通俗的で感覚的な大衆文化にも影響を及ぼし始めてい」て、「今や「アメリカ的でない日本がどこにあるか」」とある評論家が述べていたほどであったそうだ。

 しかし、「第一次世界大戦後の日本におけるアメリカニズムは、すでに裏返しのナショナリズム、つまり西洋的なまなざしを内面化した「日本回帰」を内包していた。」という。

大正デモクラシーにもつながったアメリカニズムは、ウィルソン大統領の国際主義提唱を境に、吉野作造などの支持派と保守層の懐疑派に別れ、欧米の人種差別的な黄禍論などから反米意識も芽生えてきたとのこと。

この反米意識は日米関係が険悪化する1930年代に高まり、「鬼畜米英」を唱えるものの、「アメリカに対する日本人の関心の高さは、・・・姿を変えながら持続していたように見え」、「強く意識し、時にはアメリカを無意識に欲望し続けたようにすら見えるのである。」と述べる。

戦後の日本については、このような日本人の心理が、アメリカの巧妙な占領政策の狙い通りに操られてきた描写がなされていく。この辺は前著書と重なる部分が多いが、著者は、「戦後、天皇制を信奉するナショナリストが「反米」を主張しようとすると、論理的には「天皇」を信奉しつつも、「天皇」を非難するという自己矛盾に直面せざるを得なかった。」と、日本のナショナリズムの特殊性を指摘している。

戦後の「反米」は反安保闘争に表現されたが、ここには民族ナショナリズムが見られ、ベトナム反戦運動にはそこからの決別があったというが、「「アメリカと日本は、お互いに、戦争犯罪を隠すために協力」してきたのであり、・・・自己の加害性についての真摯な自覚がない」と鶴見俊輔の言説を引きながら、日本人がナショナリズムから自由になれない理由を述べている。

現在の日本人には、「内なる他者としての「アメリカ」の二つの次元が存在するという。一つは軍事基地として見える形で、もう一つは「見えざるまなざしとしての「アメリカ」」だと。後者は上記の「裏返しのナショナリズム」と同じことを指しているのだろう。それは天皇を焦点に位置づけた、日本独特の視覚を完成させ、「三種の神器」に象徴される「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」が日常生活に取り込まれながら形成され、「消費社会型のアメリカニズム=ナショナリズムが確立」したことにより、1970年代以降は、「「親米」と「反米」という対抗自体が、人びとの意識に浮上しなくなる。」という。

さらに、江藤淳の「この空気のように偏在するアメリカから逃れることはできない」という認識を引きながら、「この時点までに日本社会は、「アメリカ」を自己に取り込み、同時に「日本」自身を他者化」するという、いわばアイデンティティ喪失(錯誤)の状態に日本人が陥っていることを指摘し、「イラク戦争の失敗」後、衰退するアメリカを見据え、アジアにおいて進んでいる、「日米の「抱擁」が隠蔽してきた諸問題を受け止め、「「親米」と「反米」という二項対立を内破して問い直し、アジアとの、歴史との、そして多様な複数的な自己との、真に反省的な再会を果たしていく必要がある」という結びに大いに同感する。

書評 アメリカ・イン・ジャパン 著・吉見俊哉

 

アメリカが先住民族を排除しながらどのように建国してきたか、そのアメリカが「ペリー提督の大遠征」以来、日本人にとってアメリカがどのような存在であったか歴史資料としてとても参考になる書籍であり、日本人の無批判のアメリカの受容についても改めて気づかせてくれる。この著者の『親米と反米』と重なる部分はあるが、この著書では明治維新前後のアメリカの宣教師の活動や留学した日本人について詳しく述べられ、アメリカが日本に戦前から強い影響があったことをわからせてくれる著書だ

アメリカは、戦後の占領期から日本人から反米感情を抱かないように、検閲を含む巧みな心理操作をしてきたという。具体的には、「検閲の事実自体を検閲し、占領軍の姿を見えなくすることで、戦後日本には、あたかも自分たちだけで自足しているような表象空間が作り上げられ」、これは、マッカーサーが、昭和天皇が「従順なのを確認すると、自身は舞台裏に隠れ、「人間宣言」した天皇を舞台の前面に立たせる戦略を選」んで以降、マッカーサー元帥ではなく、昭和天皇が、あたかもいまだ日本の中心にいるかのような存在として部隊の前面に躍り出ていった」ことに表れていると述べている。

日本での原発普及の経過にも触れている。「アメリカの国家安全保障会議の作戦調整員会は、日本に実験用原子炉を建設して原子力の非軍事的利用に強力な攻勢をかけるべきことを勧告し」、その委員の一人は、「広島・長崎の原爆投下を経験した日本に原子力施設を建設することは、両都市での「惨劇の記憶から我々を解き放つ劇的でキリスト教的な身振り」となるだろうと主張し」たとのことで、さらに山崎正勝を引用し、国防長官補佐官が、(第五福竜丸)「事件後の日本での反米的な動きを牽制するため、日本に原子炉を建設する」ことが、「予想される共産主義勢力の行動に対抗し、「日本ですでに生じている被害を最小化する」方法だと国家安全保障会議に助言した」という。

このようなアメリカの狙いに乗せられ、建設された敦賀原発に設置された一号機は、2011年に大事故を起こした福島第一原発の一号機と同じGEで、美浜原発建設の責任企業は、やはりアメリカのウェスティングハウスであるように、このころすでに原発はアメリカの原子力産業の重要な輸出品となっていて、日本は真っ先にそれらを購入するお得意さんになり、原発が推進されたようだ。

1950年代以降も、「アメリカは日本本土の反米感情を和らげるために、米軍基地の多くを沖縄に移転し、本土の非軍事化と沖縄の要塞化を表裏一体に展開」した、とも述べていて、沖縄を犠牲にしてもほとんど気に留めないような日本人の心性までアメリカは見据えているようで、アメリカに対しても、本土の日本人に対しても怒りを覚えるとともに絶望的な気持ちにもなる。

このようにアメリカの心理操作でアメリカを客観視できない日本人の心性は、日本国内各所に自由の女神像が政治的、理念的な意味なしにファンタジーとして建設されていることに表れていて、さらに1983年にディズニーランドが建設されてから、ここに「19世紀以来という意味での「アメリカ」の完璧な再演」がなされているいい、著者はここで、ディズニーランドには「ペリー提督の大遠征」というもうひとつのアトラクションが加えられるべきで、「そこではまだ「文明化以前」の滑稽な様子が、現代のアメリカ人のまなざしに同化した日本人の前で演じられていくことになるでしょう。」という強烈な皮肉を述べている。著者も怒りを込めながらこの著書を表していることを痛切に感じる。

書評 人間モーセと一神教 フロイト(フロイド)著 土井正徳・吉田正己訳  日本教文社 改訂版フロイド選集8宗教論より

  私はフロイト(この本ではフロイドとしているが、ここでは一般的な日本語読み表記とする)自身の出自であるユダヤ人についてどう考えていたのかをかねてから知りたいと思っていた。最近、早尾貴紀の著書で、サイードの『フロイトと非-ヨーロッパ人』という著書に、フロイトの『モーセと一神教』(モーセはモーゼとも読まれている)という論考についての論評があることを知り、その両方を読もうと思った。先に前者を読むことになったが、ふと考えると、後者は50年ほど前に買いそろえていた、日本教文社の『フロイド選集』に入っているかもしれないと気が付いた。そしたら案の定、この第8巻に収録されていた。

読み始めて驚いたのは、昭和45年の初版(私が読んだのは翌年発行の第4版、改訂前の版は昭和29年頃の発行らしい)だが、旧漢字のオンパレードで、仮名遣いも、吃音の「つ」が小文字になっていなかったことなどだ。旧漢字はほとんど読めたので、それほど苦にならなかいことは幸いだったが、このころの出版物の状況を再認識した。

『モーセと一神教』(この選集では『人間モーセと一神教』)は、最後に書かれた「モーセとその民および一神教」の前書きに説明されているが、別々の時期に書かかれた3つの論文がそのまま整理されずに掲載されていて、読みにくい論考だった。

さて本題に入ろう。先に上記で述べたようにサイードの論評を読んでいたため、フロイトが述べたい趣旨はある程度想像できていた。サイードが引用していた、「ある民族が同胞のうちでもっとも偉大な人物として誇っている人間に妄評を加えて片づけてしまおうということは・・・」という有名な一節は冒頭に述べられていて、改めてフロイトがこの論考に臨んだ決意の重さを実感する。

フロイトのこの著書は「モーセはおそらく高貴なエジプト人であって、伝説によってユダヤ人にされているものにちがいない。」と結論されていて、サイードは、フロイトがこう断定することにより、ユダヤ人の独善的なアイデンティティに異議を挟んだことを評価しているが、この前後には、この説の根拠の説明が続いていて、サイードが、「そうした観察や引証は、ときには途轍もなくうんざりするような繰り返しさえ帯びておりました。」と述べているとおりで、あまり興味を惹く内容ではなかった。

そしてフロイトは専門の精神分析理論をユダヤ教に適用し、その父殺しの理論でユダヤ教の始祖としたモーセをユダヤ人が殺したことにより原罪を背負うことになったとしているなどの主張を随処で展開しているが、それにも少々うんざりした。

私が注目したのは、反ユダヤ主義の原因となったヨーロッパでの伝統的なユダヤ人ぎらいをユダヤ人側の姿勢にあるという指摘をしていることだ。最初に、ユダヤ人が集団として暮らすという風習を指摘している。これは、私もかねてからそう思っていたことであり、これを当のユダヤ人フロイトが語ったということで確信を持つことができた。そして、「集団の共同感情は、それを充足するために、外部の少数者に対して敵意をさしむけることが必要」だからユダヤ人迫害が始まったとしている。

それから注目した点は、ユダヤ教とキリスト教の関係を述べている部分だ。フロイトによれば、ユダヤ教は原父の宗教であり、潜伏していた原父が回帰したことが、ユダヤ教を進歩させただけにとどまらず、キリスト教を誕生させてしまったという。モーセ殺害という悲劇に関するような部分も回帰し、増大しつつあった罪意識がユダヤ民族を含む全文化世界を覆ってしまったとのこと。モーセの虐殺に関する悔恨によって、この民に救済と約束された世界支配をもたらす救世主が再来する願望的空想もあって、この中で生まれて処刑されたユダヤ民族のキリストがその後継者となったという。ローマ系ユダヤ人パウロは、このような背景を基にして、ユダヤ教から選民意識や割礼の風習を廃止したためにこの新宗教(キリスト教)が普遍性をもった世界宗教となりえたとも述べている。この辺の論旨を私なりに解釈すると、キリスト教はユダヤ教を改革して生まれた、いわば「新ユダヤ教」だと言っているように感じるのだが飛躍しすぎだろうか。

それは、「新たな教えを受けいれたのはユダヤ民族のごく一部だけであった。この教えを拒否した人たちは、今日でもなおユダヤ人と呼ばれている。彼らはこの分離によって、以前にも増してますますはっきりと他のものたちから区別されている。彼らは・・・新たな宗教共同体から、彼らこそ神を殺害したのだという非難を聞かねばならなかった。」という指摘にも表れていて、ユダヤ教が新・旧に分裂したと言っているように感じる。

そして逆にキリスト教信者となったヨーロッパ人は、神はまたもや救世主をユダヤ人の中から選んだとして、「つまり本当に彼らは正しかったのだ、彼らこそ神の選んだ民族である、と。」と、ユダヤ人の不遜を是認せざるを得ないような心理になり、「そのかわりに生じたことは、イエスキリストによる救済が単に彼らのユダヤ人ぎらいを強化したにすぎなかった」という。それは、今日でもまだ克服されていないとし、さらに、ユダヤ人の割礼の風習はいまわしい、無気味な印象を与えるものだとして、それまでのユダヤ人ぎらいが新たな局面を迎えたことを指摘する。ヨーロッパの反ユダヤ主義のもととなった、キリスト教徒の心理を分析したこの指摘は鋭く、さすがフロイトだと感心する。

それからフロイトは「ユダヤ人たちはとくに自己に対する強い信念を持ち、自分たちがすぐれて高貴であり、他民族にまさったものだと考えていることは疑う余地もない。(中略)彼らは実際に自分たちが神から選ばれた民であると自認し、神のそばに立っていると信じている。」と述べ、このような選民意識についての分析も行っている。  

曰く、ユダヤ教の神の像を作ることの禁止は、「抽象的と呼ばれる観念に対して感覚的知覚が無視されていることを意味する。すなわち感性に対する精神性の勝利、厳密に言うならば、心理学的に必然的な結果をともなった衝動放棄を意味するものである。」効果をもったとして、モーセ信仰の禁止によって「神は精神性の高度の段階にまで高められ、神=観念のその後の変更のために道が開かれたのであるが」、この禁止はもう一つの別の作用として、「精神性におけるこうした進歩はすべて、個人の自尊心を高め、個人に誇りをもたせて感性の束縛のなかにとどまっている他の人たちに対して優越を抱かせるようになるという結果を生ずる。」、「外的要求にもとづく行動放棄はただ不快であるにすぎないが、内的理由、つまり超自我への服従にもとづく衝動放棄は・・・自我にたいして快感利得というものを、いわば代償満足にひとしいものを得させることになる。自我を高められたと感じ衝動放棄を価値ある行為であるかのように誇るであろう。」とのことで、《思考の全能》という心理効果の説明を含めて、明快な分析であると思える一方で、このような記述はフロイト自身を含めたユダヤ人を賛美しているようにも感じさせる。このような一面は、イェルシャルミが、「「フロイト・・・といえども、かかるユダヤ人の性格上の特徴を継承し共有することは避けられない」と信じていたらしい」(サイード『フロイトと非-ヨーロッパ人』より)と述べていたことを裏付けているような気がする。

また、ユダヤ教から生まれた「イスラム教の発展が停頓するにいたったのは、ユダヤ人の場合の教祖の虐殺が引き起こした変化が欠けていたからだ。」として、「東洋の宗教(どの宗教を指しているか不明だがおそらくイスラム教を含んだ)は合理主義的に見えるが、祖先崇拝であり、停頓する」という指摘や、東洋の宗教を未開民族の宗教と同一視し、神経症と関連させる言説があり、サイードはこれに直接触れていないが、『フロイトと非-ヨーロッパ人』で語っている、フロイトのヨーロッパ人としての限界がここにも表れていると感じる。

そんな疑問点もある著書だったが、「ユダヤ性」についてユダヤ人自身がどのように捉えているのかを知るためには欠かせない、貴重な著書だと思う。

書評 極限の思想 ニーチェ 道徳批判の哲学 城戸 淳(著)

 

 私はニーチェの著書に何度も挑戦しているが読み通したことがない。箴言の連続で読者にわかりやすい解説がないためだ。だからといって、そのような著書を読まずに解説本を先に読むことにも抵抗があったため、魅力を感じながら遠い存在だった。しかしどうしても彼が考えていることを知りたいと思い、この解説本を購入した。 結論から言うと、購入して正解だった。ニーチェの言説を鋭く、しかもわかりやすく解説している。なんとなくイメージしていたニーチェの道徳批判の意義を明確にできたと感じている。 あわせて感心したのは、ありがちなニーチェ崇拝にならず、ニーチェの言説の問題点等を指摘していることだ。曰く、「ニーチェには、批判的観察によって原理を発見すると、その原理を絶対化して、その貫徹を要求しだすという、いわば過剰解釈のねじれた論理がある。力への意思も、もともとは虚栄心やルサンチマンを分析するための心理的概念装置だったものが、いつのまにか積極的に崇拝され、ディオニソス的宇宙像の形而上学装置になってしまった。」

 また、次のようなニーチェの道徳批判のポイント、「(道徳的価値観が世界を覆いつくしている)この二千年の出発点にあるのはキリスト教である。キリスト教こそは、「まさにユダヤ的な価値への誘惑にして迂回路」であり、「復讐の真に多いなる政治の秘めた黒魔術」であるとニーチェはいう。」、「いかなる返済の努力も決して届きえないような無限の債務など、はたしてありうるだろうか。この問いに「逆説的で恐るべき窮余の策によって答えたのが、「キリスト教の天才的悪戯」であった。原始キリスト教団、あるいは『アンチクリスト』によればその首謀者であるパウロは、イエスの十字架での刑死という不慮の出来事に意味を与えるべく、神が人間の罪を贖うために身代わりで死んだと再解釈したのである。」、などの指摘は明快だ。

 著者がニーチェを「戦慄すべき道徳性の分析家」として評価しながら客観的に批判できるのは、あとがきに卒論でニーチェに取り組んだのちにカントを研究したときに、「ニーチェのある側面は、カントの前で色褪せて見えるようになった。」ということにあるようだ。そして次第に彼は、「ニーチェの方法論の核心にはカント的な超越論哲学の伝統があるはずだ」という予感は確信になっていたという。このような研究経緯を率直に述べていることに好感を持った。

書評 「最小の結婚」 エリザベス・ブレイク(著)  久保田 裕之他(訳)

 

私は男性だが、母の卑屈な生き方を見ながら育ち、その原因が女性の社会的立場が弱いことであることを認識するようになり、その後も女性差別の問題を考えてきたため、この本のテーマはとても興味深かった。人間関係を男女という性別に左右されずに、また伝統的なモラルから自由にしたい彼女のリベラリズムには基本的に賛成する。

著者のエリザベス・ブレイクの現在の結婚制度に対する批判は、私の考えてきたこととほとんど一致していた。

彼女はアメリカ人で、主にアメリカの状況について述べているが、意外にも女性の社会的立場の弱さ等については日本と大差ない状況だと思った(それだから一致したのだが・・・また西欧はもう少し違っていると思うが)。

ただ、彼女は社会学者ではなく哲学者であるため、「結婚の際の愛の誓い」の問題等について滔々と分析し述べているのだが、これには閉口した。これにはアメリカもクリスチャンの伝統が強い国であるためで、日本人で無宗教の私にはこんなことは当たり前であり、このようにこの問題にこだわることに違和感が強かった。

私は現在の結婚制度は、性行為により子を産んだ男女にその養育責任を負わせる社会的機能を法律制度にした歴史から考えて、最近日本でも同性婚を認めることが先進的なような風潮になってきていることに疑問を持っていたが、このことへの批判がこの本にも述べられていて自信を持った。

「最小の結婚」は子供の養育責任を切り離すことが重要なポイントとしている。これについても私は同意見だが、彼女は社会に責任を持たせるべきといいながら、一夫一妻以外の関係者による養育などをその例にしている。そのような関係の養育者がいない場合もあるのだから、子供の全生活についてケアをする現在の児童養護施設を一般化の児童を対象にするようなことが必要だろう。このような具体的な言及がないことに哲学者の限界を感じた。

最後に「最小の結婚」の意味については疑問符がある。 

著者はケアを提供する関係を、埋葬の権利等の承認権と在留資格などの支援する権利等があるだけの結婚という制度にすることを提唱しているが、はたしてこれに意味があるのかは保留としたい。この意義を述べている論理はあまり説得力がない。彼女も結婚制度廃止論者ともっと論議する必要があると思う。

そして、この結婚は一夫多妻、一妻多夫、同性愛関係、ポリアモリー等すべての成人間の関係を含むということなので、網のような形の関係図が社会にもたらされ、その中に孤立した人間がポツポツと存在するというイメージになるのだろうか。そして、個々の人に直接関係を結んでいる人の同心円とその中の人同士の関係が一つの家族になるのだろうか。

書評 フロイトと非-ヨーロッパ人 エドワード・サイード著 長原 豊訳

 

 この本のことを早尾貴紀の『ユダヤとイスラエルのあいだ』で知り、読まなくてはと思った。そこではサイードはフロイトを評価しながら、疑問を一部に述べていたことが紹介されていたが、表題の本を読み始めると、いきなりフロイトを批判する言説の連続で、サイードはなぜこんなにフロイトを責めなくてはならないのかというのが第一印象だった。

 曰く。「ヨーロッパという制約を超えた他の文化へのフロイトの配慮には屈曲したものがあった」、「彼は、例えばインドや中国の文化に言及しておりますが、(中略)関連する主題を専門とするヨーロッパの研究者たちがおこなう比較考証にとって興味を惹く限りで、なされたにすぎません。」、「ひとたび文化という視点から見ると、フロイトが非-ヨーロッパ的な人びとや物語にたいする魅惑された程度は、古代ギリシャ、ローマまたイスラエルの人びとや物語にたいする彼の好奇心を超え出るものではなかったのです。」等等。

 しかしサイードは、「フロイトが、結果的にですが、非-ヨーロッパ的原始とヨーロッパ的文明を分断する障壁を乗り越え不能なものとして打ち立てるのではなく、明示的とは言えませんが、それを拒絶している」、フロイトが『一民族が同胞中の最大の存在として讃えている人物の出自がその民族にはない、とそのつながりを否認する』という「真理のためにそうした離れ業に打って出るのであり」、「またそれが『国民的利益と見做されていること』より重要なのだとも考えていた」、「「全民族の利害を、同じ考えを持つ信仰者たちの共同体や歴史の内部における固有の場から宗教の起源を外して考えてみるといった、もっと重要な事柄のもとに従属させる意欲の発露なのです。」等と述べていて、読み進むうちにサイードは、ユダヤ人でありながらそのアイデンティティを問い続けたフロイトを評価するからこそ、批判せざるを得なかったのだろうと思うようになった。そして、フロイトでさえ超えられなかった限界が、現代のパレスチナの状況を招いていることに無関係ではないことを、当事者として痛切に感じるからこそ、このように述べざるを得なかったのだろうとも思った。

 それにしてもユダヤ教が改めて根強いことを痛感するとともに、それを否定してもなお残るとイェルシャルミが言う「ユダヤ人的精神構造」、ドイッチャーの言う「非-ユダヤ人的ユダヤ人(スピノザ、マルクス、ハイネ、フロイト)」らが、「「ユダヤ人として、「ユダヤ人や非-ユダヤ人の伝統主義やナショナリズムから自由になったユダヤ人ほど、等しき者たちのインターナショナルな社会」を(説く資格のある者はほかにないと)主張したことがあったにせよ、彼らは「究極的な人間の連帯を確信していた」と述べ」ていることに表れている「ユダヤ人だけの特徴」という主張には絶望してしまいそうだ。しかし、サイードは、「こうしたことがユダヤ人だけの特徴だという必要はない」、「膨大な人口移動、避難民、亡命者、国籍離脱者と移民が氾濫するこの時代において、自分の共同体の内と外の両側に同時に生きる人びとの、ディアスポラの流浪とコスモポリタンな意識にもまた、そうしたことが探し出せるはずです。」と述べ、「アイデンティティについてのフロイトの未決感が非常に実り多い事例であるのと同様、彼がそのためにかくも骨を折った条件が、現実には、彼がうすうす感じ取っていた以上に、非-ヨーロッパ世界では一般的だからです。」と締めくくっている。

 思うに、ヨーロッパでは、ユダヤ教やキリスト教の伝統が根強いために、「神」や神的なものから自由になりにくいのだろう。振り返って、日本などの信仰心が薄い国が、サイードが言うような条件に当てはまるのかと考えると、決してそうは言えないのはなぜだろうか。


書評 パレスチナ/イスラエル論 早尾貴紀著

 

この著者の『ユダヤとイスラエルのあいだ』に続いて購読した。第Ⅰ部は前著で触れていた「ディアスポラ」について深堀している。この中で、早尾は、この言葉は「国民国家という一体性からの「逸脱」であることを指し示す。」として、ヘーゲル左派、アーレントらの民族論や国家論を批判的に解説している。

そして、早尾が評価している、イラン・パぺというユダヤ人で反シオニストの歴史家が、シオニストがパレスチナのアラブ人を殺害・追放する行為を「エスニック・クレンジング」だとして批判していることを紹介し、イスラエル建国後、3割程度しかいなかったユダヤ人の割合(現在は約8割)を極大化するために、ユダヤ教徒のアラブ人の中東から移民を導入したにもかかわらず、シオニストが彼らを「人種としてのユダヤ人」だという主張をしたことを批判している。

そう言いながら、イスラエルでは、ヨーロッパ系移民が「アシュケナジーム」として国内の主導権を握っている中で、中東から移民した人たちは「ミズラヒーム」と呼ばれて下層におかれ、イスラエル国内に人種格差があるとのことで、二枚舌的なシオニストの現状にも目を開かされる。

また、イスラエル建国後のパレスチナの惨状に触れ、「皮肉なことに、かつてはもっぱらユダヤ人の離散状況について語られてきた「ディアスポラ」は、現在、パレスチナ人の措かれている状況を概念化するのにひじょうに適している」と、ここでも「ディアスポラ」の概念がユダヤ人の専売特許ではないという皮肉を述べている。

さらに、建国前からアーレントらが唱えていた、「バイナショナリズム」のオスロ合意による変遷、サイードのバイナショナリズムとディアスポラにかかる引用しながら、「ディアスポラ的思考は、(ジャン・)ジュネとサイードを媒介としながら、「アイデンティティの根源的な他者性」にまで至りつく」としている。

第Ⅱ部では、ユダヤ人やアラブ人の映像作品等を紹介しながら、シオニズム等の批判、反シオニズムの評価が述べられている。

第Ⅲ部では、パレスチナの一般に知れていない、これまでの経過や現状が詳しく述べられている。一例をあげる。ユダヤ系アメリカ人、サラ・ロイの著書の引用によると、1995年に結ばれた暫定自治協定=「オスロⅡ」の内容は、ガザ地区やヨルダン川西岸地区はパレスチナ人の地域とされていても、行政権と自治権がともにパレスチナ側にあるA地区、行政権のみのB地区、どちらもイスラエルが握るC地区という区分分けがされていて、BC地区は合計83%を占めているとのことだ。現在のガザ地区への軍事侵攻を考えると、ほとんどの地域がイスラエルの管理下に置かれることになりそうだ。一昨年のハマス(早尾は「ハマース」としている)の越境攻撃以前から頻繁に起こされていたイスラエルのパレスチナ人への迫害・虐殺も詳しく述べられていて、パレスチナの人びとの切迫感、絶望感がひしひしと伝わってくる。

日本ではあまり報じられていないことだが、2006年のパレスチナ総選挙でハマスが政権を取っても、イスラエルと日本を含む欧米諸国はその内閣を承認せず、ファタハを支援したため、ハマスはファタハとの連立内閣を組んだのに、イスラエルはファタハに銃や弾丸を大量に供与して内戦を促して、ファタハにヨルダン川西岸地区を容易に制圧させたことから、パレスチナはヨルダン川西岸地区とガザ地区に分断され、そのガザ地区に対し、イスラエルは経済活動等を不当に制限する「反開発」政策を進めているそうだ。このようなイスラエルのガザ地区への締め付けがあったことも、上記の越境攻撃の原因として認識しなければならないことだろう。それにしても、自国のために、同じ民族を分断し対立させるという卑劣な行為をしたイスラエルという国は、恐ろしいほど非情な国だろう。

このような状況に対し、早尾は(ロイ以外の)「多くの研究者たちは分析能力に欠けるのか倫理に欠けるのか、あるいは政治的になることを避けているのか(沈黙によってイスラエルの占領を容認することも充分に政治的だと思うが)。ともあれ、ロイが、事後的にしたり顔で解説を加えたり、慌てふためくような研究者などとは一線を画して、リスクを冒しても然るべきタイミングで踏み込んだ発言をしていることが確認できる。」と述べていて、彼の苛立ちやロイを擁護したくなる気持ちがひしひしと伝わってくる。

早尾は、このような状況を述べながら、日本の思想状況についても批判していて、「イスラエルであれ日本であれ、それぞれユダヤ人中心主義と日本人中心主義を解体するには、徹底した歴史認識から出発するほかない。イラン・パぺから私たちが学ぶべき教訓はここにある。」と、この著書を結んでいる。

書評 ユダヤとイスラエルのあいだ 早尾貴紀著

 

この本を「再読」した。本箱の中で眠っていた本で、2008年の初版なのでその頃読んだ

らしい。アーレントの「世界喪失こそ、ユダヤ民族が離散において被ったものです。(中

略)あらゆる社会的な結びつきの外に立っているというこのこと、一切の先入観から離れて

いるというこのことはとても美しいものだったのです。」という言説等を書き抜いていた

が、かすかな記憶しかないので読み直し、この著作が現在でも時代遅れになっていないので

驚いた。何より評価できることは、アーレントの言説を極めて客観的に分析し批判的に捉え

ていることだ。アーレントはアイヒマン論争の際、「ユダヤ人への愛」など感じたことはな

い、私がユダヤ人であるからこそ「ユダヤ人への愛」は疑わしいものに見える等と宣言した

ことは有名で、出自に客観的だと一般には評価されているが、私はマルクスやフロイトに比

べればユダヤ人であることから自由だとは言えないと思っていた。この著者は、アーレント

が同化主義者もシオニストも反ユダヤ主義と闘うことをやらずにすませたと批判している

が、反ユダヤ主義を批判するなら、ヨーロッパなどでその活動はなされるべきだとして、パ

レスチナへの移民運動を支援した彼女はシオニストであると言わざるをえないと述べてい

る。

それから、最初に述べたアーレントの「世界喪失」や「離散」等の言説に似た、ボヤーリン

兄弟がユダヤ教文化の神髄は「ディアスポラ」にあり、国家なき離散状態で育んできた思想

文化にあるという言説、バーリンが、ユダヤ人が察知されないうちに、ものごとの傾向性を

見抜く等の能力、洞察力、未来までも分析する眼力を、自らが置かれてきた状況のために獲

得せざるをえなかったという歴史的特性を持っているという言説などが紹介されている。

れらの本来のユダヤ性はシオニズムとは異なるという言説だ。しかし、これらは、人間性は

属する国家がない状態で目覚めるという普遍性ではなく、ユダヤ人ならではの能力、という

かたちで語られており、ユダヤ人はやはり他の民族や人種とは異なる民族だという思想、選

民という意識から生じたものであろう。この「ディアスポラ」については、サイードが、ユ

ダヤ人の特徴としてのみ見る必要はない。」と語ったことや、「ディアスポラ」自体、近代

シオニズム思想においてギリシャ語から翻訳されたという説が紹介されているが、著者自身

がこのことをどう捉えているのかを述べて欲しかった。

このほか、フロイトがモーセはエジプト人だったという仮説でユダヤ性を分析しようとした

こと、ガンジーがパレスチナは地理的な領域ではなく、ユダヤ人の心の中にあると語ったこ

とや、サイードがユダヤ性は差異のイデオロギーだと批判したことの紹介、さらにハマスの

姿勢の説明などもあり、2008年当時の著書だが、最近のパレスチナ問題を考えるうえで

充分参考になる。

ユダヤ人が「選民」の呪縛から自由になれば反ユダヤ主義はなくなる ~パレスチナ問題の根本的解決のためになされなければならないこと

 ハマスのミサイル攻撃や人質拘束への報復として行われているイスラエルのガザ侵攻は常軌を逸している。ユダヤロビーに操られているアメリカやホロコーストへの罪責意識に囚われているドイツなどがイスラエル支持をやめられないのをいいことに、イスラエルは報復どころか、金輪際パレスチナからの攻撃がなされないようにするための仕上げを着々と進めている。

この非情さ、苛烈さに世界中から非難の声が上がっていることに対し、イスラエル等のユダヤ人から「反ユダヤ主義」という非難が返されている。こんなことをする国はナチのホロコーストを非難することはできないはずなのに、ホロコーストにつながった「反ユダヤ主義」を、いまだにタブーとして利用し反論する態度は陳腐になりつつあり、そのタブー意識はヨーロッパにおいても、若い世代ほど持ち合わせていないので、このままでは、かつてとは異なった形での「反ユダヤ主義」が起こることになりそうだ。

そもそもパレスチナの問題は、1948年のイスラエル建国に至るシオニズムから始まっている。ガンジーは「聖書の概念でのパレスチナは地理的な領域ではまったくありません。パレスチナはユダヤ人の心に中にあるのです。」とある書簡で語っているが、何千年も前に無くなった国の民が、現実にそこに住んでいる人々を排除して、その民族の国家を再興しようとし、それを支援する国家が存在したということは二十世紀の最大級の汚点だろう。

このような国は全世界から制裁されるべきではないのか。また上記のような支援国家も制裁されるべきではないのか。アメリカやドイツの支援をやめさせるために、両国との経済関係を完全に断つことは困難でも、一部の関係を断つことは検討されるべきではないのだろうか。しかし、そのような動きは全く見られない。

この状況を憂いたイスラエル内外のユダヤ人から、現在のイスラエルを産んだシオニズムは、ユダヤ教に反しているというような言説が述べられている。ユダヤ教は暴力を嫌っており、シオニズムは間違っているというわけだが、この論理だけでは、ユダヤ人すべてが政府の政策を支持しているわけではないという言い訳にしかならず、シオニズムが起こる前の、ヨーロッパの伝統的なユダヤ人迫害や差別などの反ユダヤ主義が起きた理由については問題外になってしまう。そこで、ここでは、これまでの「反ユダヤ主義」等を産んだ、ユダヤ人の「選民意識」について考えてみよう。

始めに断っておくが、ここではユダヤ人と言われるすべての人について述べているわけではない。私は人間を属性で判断することは間違いだと思っている。人間はそれぞれ個性を持って生きている。だから複数の人に属性をこじつけ、その属性で個々の人の判断をすることは間違いである。現に、後で述べるように、ユダヤ的でないユダヤ人が少なくないことを知っている。ここで「ユダヤ人」としているのは、自らユダヤ人という集団意識を持ちながら生きてきた(生きている)ユダヤ人のことであり、いわば、人間ではなく「ユダヤ人」という概念について述べているわけだ。

さて、そもそも何千年前に流浪の民となっても連帯感を持ち続け、行き着いた地域の人々になじまず、ユダヤ教信者でなくても「ユダヤ人」としてのアイデンティティを保とうとすれば、その地域の人々からうさん臭く感じられそうだということを理解せず、その相手を悪者にし、自分たちは善良な被害者、受難者という立場になり、マゾヒスティックに選民意識を抱いているから反ユダヤ主義が生まれるのではないだろうか。こんなことを述べると、私が「反ユダヤ主義者」、差別者などと非難されそうだが、このことはタブーにされているだけで、そのような状況では、そのように感じる人がほとんどではないだろうか。

私はそれが当然だとは言わない。自分たちとは異なる慣習を守る人やその集団を、単になじめないからと、うさん臭い目で見ることは愚かなことだ。しかし、だからといってその相手を単に悪者とすることも愚かなのではないだろうか。不当な行為を受けたと感じた時、なぜそのような行為をするのかを相手に尋ねれば、自らの行為の相手にとっての受け止め方を理解することができるだろうし、自分の行為の説明をすればわかり合うことも可能なはずだ。そのような基本的なコミュニケーションを阻むのが選民意識ではないのだろうか。人間は弱く、人見知りになりがちで、上記のような現象が起こりがちであるということをお互いに認め合えばいいのに、「選民意識」が強いと、自分たちこそ正当だと思い込むから差別や紛争になったりする。

シオニズムを批判している著名なユダヤ人たちの中に、「ディアスポラこそユダヤ人の特性」という類の言説を述べる人たちがいる。このようなユダヤ人も、ユダヤ人がディアスポラを経験して普遍的な思想を生み出す能力を身に着けられたことを、「ユダヤ人ならでは」、とその経過を特権化している。それも選民意識であり選民的意識から脱していない。

ディアスポラがもたらしたものについては、パレスチナ人思想家のエドワード・サイードが、「ユダヤ人だけの特徴だと言う必要はない」、「膨大な人口、避難民、亡命者、国籍離脱者と移民が氾濫するこの時代において、自分の共同体の内と外の両側に同時に生きる人びとの、ディアスポラな放浪と未決のコスモポリタンな意識にもまた、そうしたことが探し出せるはず」と述べているように、ユダヤ人のディアスポラも歴史の中で生じた現象に過ぎない。

そもそも、人類に「選ばれた民」など存在しない。「選民」という観念は、厳めしそうだが、その起こりは極めて幼稚な妄想なのではないだろうか。「選民」とは、「実存」の感覚を自分の殻に閉じ込め、自分は特別な存在(人間)であるかのように思う自己幻想が、伝統、慣習、宗教等が同じ民族に広がった原始的な共同幻想なのではないだろうか。

優性思想や選民的意識はアングロサクソン系アメリカ人、中華思想の漢民族、ナチスドイツのアーリア系民族など各地にみられ、日本にも太平洋戦争以前には神国思想などが興隆した。しかしユダヤ人以外の民族は、その民族に勢いがあるときに限られている。そして、ユダヤ人以外の民族は、出身国から離れると自己の民族性を徐々に失っていくが、アメリカにおけるユダヤ(イスラエル)・ロビーの活動は活発で、ガザ侵攻問題の解決を困難にしているばかりか、アメリカが軍事支援をやめないように圧力をかけ、ヨーロッパにおいても様々な自民族援助が行われているように、ユダヤ人の選民意識による結束力は特別だ。ユダヤ人がこのような意識から脱することは不可能に見えてしまう。

しかし、ユダヤ人のなかには、選民意識やユダヤ性を感じさせないマルクス、フロイトなど、いまだに世界中に強い影響力を持っている人物がいることは有名で、先に述べたような普遍的な思想を生み出す能力を身に着けられた例とされている。フロイトは自らのユダヤ性を認めているが、それに縛られた言説は自制されていると言えるだろう。

私は、私自身も影響を受けた、このような人物がユダヤ人から輩出されたことを、かねてから不思議に思っていた。ユダヤ人が特別、優秀な民族だからだという答えは「ユダヤ人選民論」に逆戻りになる。それを排除して考えると、このような結論になる。

ユダヤ人の選民意識は特別根強いから、これを客観化し、脱するという困難を克服するためには、人間という存在の意味を特別深く考え理解しなければならなかった。そのために彼らは、民族等の属性などを始めとするあらゆる既成概念を相対化しなければならなかった。それを実践した彼らは民族等を超えた思想や理論を獲得することができ、その思想や理論は広く普及し、現代に至っている。

このように言うと、「そのような特別な人しかユダヤ性を克服できないのではないか」と思われがちだが、そんなことはない。彼らはそういうことができるという範を示してくれたのだから、それに倣えばいいのだ。先駆者としてそれを実践することは大変なことだが、後の人はそれをはじめから経験する必要はなく、いわば模倣すればいいのだから誰にでもできる。要するに「選民」という意識は思い込みに過ぎないということが理解されればいいのだ。

ヨーロッパにおいて、ユダヤ人以外の社会に同化したユダヤ人は多いようだ。ユダヤ人性に客観的と言われていても、そこから逃れられていないアーレントは、同化主義者をシオニストと同様に、「反ユダヤ主義の教義に逃れた」と批判したようだが、必ずしもそのような消極的動機ではなく、ユダヤ人という出自にこだわらず、素直な気持ちで同化した人は少なくないのではないだろうか。むしろそのような同化こそ進むべきだったのではないだろうか。

民族、人種、国籍、性別等の違いなど、生まれながらの属性は、たまたま備わってしまったのであり、それに意味はない。属性を恥じたり、誇ったりするのは愚かな心理でしかない。この理解が広がり、みな等しく「人間」であり、そのことに比べたら属性は些細な事だということが認められなければならない。

「自民族性から自由に」、ということは人類共通の課題だが、「選民」という観念に縛りつかれているために現在最も苦しんでいるユダヤ人が、まず取り組む必要があるのではないだろうか。ユダヤ人が自身のために「選民」の呪縛から自由になれば「反ユダヤ主義」はなくなるだろう。ユダヤ人が真っ先に選民意識や民族性から脱し、他の民族にそれが広がれば、人類は国家という共同幻想からも脱し、世界の分断がなくなる未来が開けるだろう。